※当記事は2018年の記事を再編集して掲載しています。

作家・ ** 川奈まり子 ** の連載「情ノ奇譚」――恨み、妬み、嫉妬、性愛、恋慕…これまで取材した“実話怪談”の中から霊界と現世の間で渦巻く情念にまつわるエピソードを紹介する。
予知
現代の予知能力者と言えば、イギリスのダイアン・ラザルスやサリー・モーガン(詳しくはこちらの記事)が有名だ。ダイアン・ラザルスは犯罪捜査に協力して成果をあげたことが再三あり、サリー・モーガンはダイアナ妃の死を予言したという。
予知・予言の能力者がイギリスの専売特許だとは思えない。たぶん各国にいると推測するが、よく知らない。私の予言関係の知識というのは1973年に発売された五島勉の『ノストラダムスの大予言』(祥伝社)で止まっていて、あとは聖徳太子の『未来記』について書かれたものをちょっと読んだことがある程度なのだ。
つまり正直なことを言えば関心が薄い分野だったが、では、予知能力の存在を信じないかと問われれば、そんなことはない。
未来を予見する能力は、きっとある。
そう思う根拠は、主に二つ。まず一つ目は、私がまだ学生で、実家に住んでいた頃のこと。母が運転する車に乗っていて八王子市の田舎道を走っていたとき、人っ子ひとり通らない寂しい道路の脇に藪があるのを認めて、ふと、「こんなところで溝に落ちたら大変だね」と口走ったら、その直後に母がハンドルの操作を誤り、藪に隠れた深い側溝に車ごと落ちた。
溝があることは、車ごと溝の底に横倒しになって初めて知った。
なぜ自分が事故を予知できたのかはわからない。なんとなく溝に車が落ちるイメージが頭に浮かんだような気がするが、意識するより早く台詞を発していたと思う。しかし、どうせ予言するならもっと前もって、しっかりと母に警告できるようにしたかった。幸い母も私も、同乗していた妹も怪我はなかったが、こんな予知ではまったく役に立たないではないか。
人が未来を予見することがありうるとする二つ目の理由は、以前にも怪談実話として書いたことがある、息子と夫に絡んだ出来事があったためだ。
夫の祖父というのは蒸気機関車の設計技師だったが、第二次大戦中に急病死した。夫は祖父の顔を知らずに育った。そして月日が過ぎ、私と結婚して息子が生まれた。
息子が三歳の頃、家族三人で東京都北区の飛鳥山公園を訪れた。
飛鳥山公園は初めてで、よく下調べもせずに行ったのに、園内に足を踏み入れるや否や、息子が「あそこにある汽車ポッポで遊びたい」と言って、前方を指差した。そこからは「汽車ポッポ」のようなものは見えず、これから公園の案内板を探そうとしていた矢先だったから、私と夫には何のことやらわからなかったが、息子がしきりに手を引っ張るので、とりあえず息子が指差した方向へ行ってみた。
すると驚いたことに、本当に蒸気機関車が展示されていた。
さらに、機関車のそばにあった展示案内板を読んだところ、夫の祖父がこれを設計した可能性が高いことがわかり、私たち夫婦は非常に大きな感動を覚えたのだった。
――と、こんなことがあったにもかかわらず、私が予知能力について特に関心を高めもしなかったのは、これらがとても個人的でささやかな出来事だったせいかもしれない。
しかし今後は興味を持って、機会あるごとに予知について調べてみたいと思っている。
なぜかというと、本物の予知能力者と出逢ってしまったからだ。
これからご紹介するのは、予知したことが必ず現実になる、ある女性の体験談である。
鶴田真澄さんは広島県に住む30代のスーパーマーケット店員だ。派手なところのない控えめな印象の女性で、低めの声が耳に心地よく、インタビューに応える口調は穏やかだった。近視で、眼鏡をかけている。
彼女は生まれてこの方、市井の人として静かに暮らしてきた。お話をうかがって、むしろ、なるべく目立たないように努めてきたのではないかと感じた。
と、言うのも、鶴田さんには予知能力があり、その精度は、これまでのところ百発百中。一度も外したことがないそうなので。
もしも世間に見出されてしまったら、どうなるか?
話題になり、時の人になるかもしれない。しかし必ずや彼女の能力に疑問を持つ人々が現れ、能力を実証するように迫られるだろう。そしてたとえ証明してみせたところで、何度でも物言いがつくに違いない――なぜならば常識は、容易には覆らないから常識たり得ているものだから。
鶴田さんは語る。
「初めにこの能力に気がついたのは、高校2年生のときでした。近々、家庭科の調理実習をすることになっていて、まだ何を作るか知らされていないのに、突然、おでこに横長のスクリーンが開くような感じがして、ミートソースのスパゲッティのイメージが見えたのです。その後、家庭科の先生から調理実習のメニューがミートソースのスパゲッティだと知らされました。
ごく些細な出来事で、このときは私の勘は凄いなと思った程度でしたが、それ以降、いろんなことを予見するようになって、だんだん、これは普通ではない能力なのだと気づかざるを得なくなっていきました」
調理実習の一件のあと、学校の社会科見学で同学年の生徒全員で列をなして校舎付近の山道を歩いていたとき、また額に画面が開くイメージが浮かんだ。
そしてその画面に、ある生徒が頭に怪我を負って流血するようすが映し出された。
溢れる鮮血と無惨な傷口の映像を見て鶴田さんは衝撃を受け、咄嗟に「頭に大怪我をする子がいる!」と叫んだ。周囲は彼女に取り合わなかった。彼女も「なんとなくそんな気がした」と言ってごまかした。
しかしそれから数十分後、彼女から離れた場所を歩いていた生徒が一人、木の枝が側頭部に突き刺さって怪我をした。前を行く者が服に引っ掛けるか何かして、弓のようにしなわせた木の枝が飛んできたのだ。頭の傷口から大量に出血する様を見て、彼女自身、既視感にとらわれたし、また、彼女の言葉を耳にしていた二、三人の生徒たちは驚愕した。
「でも、私はあまり注目を集めたくありませんでした。だから、こんどから気をつけようと思ったんですけど、その後も、たまに口走ってしまうことがあって……。
あるときは、友だちが家に遊びに来ていて、夕方近くなって空腹になり、ラーメンを食べに行こうと誘われたんですけど、その途端に、同居していた祖母が私と友だちのためにマクドナルドのハンバーガーとポテトのセットを買って紙袋に入れてもらうようすが見えたんです。だから、つい、お祖母ちゃんがマック・セットを買ってくるから待っていようよと言ってしまいました。
すると、それからすぐに祖母がマック・セットの入った紙袋を手に提げて帰宅したので、友だちにびっくりされてしまいました。
力があることを完璧に隠すのは難しいんですよ。そういう変わった力があっても普通に接してくれる人ばかりならいいんですけどね……。
ふだんは、見えても、誰にも何も言いません。言う必要もないし。
私の予知や予言は、他の人にとってはどうでもいいようなプライベートな小さな出来事に関するものが大半ですから。
しかも、自分でコントロールできません。予知したいと思ったときに出来るわけではなく、不意打ちで急におでこに画面が開くのです」

鶴田さんはインタビュー中に、この「画面が開く」という表現を度々使った。予知するときは、額の内側に映画のスクリーンが現れて、そこに映写されたフルカラーの画面を眺めるように感じるのだそうだ。
静止画の場合もあるが、多くは映画さながらの動画が見えるのだという。
実家で同居していた彼女の祖母は10年くらい前に亡くなったが、そのときには、死に先立つ1週間ほど前に、家族と親戚一同がみんなで祖母の臨終に立ち会う映像を見た。
実際に祖母が息を引き取る際には、その光景が鶴田さんの目の前で〝再演〟された。
年賀状の柄があらかじめ見えたり、恋人がデートに来られないと電話で謝る映像が見えた後に、彼から電話がかかってきてデートを直前でキャンセルされたりしたこともあるという。
「数年前から交際している男性がいるんですけど、彼には何もかも打ち明けて、理解してもらっています。彼とはシンクロしやすいみたい。離れていても、彼が何をしているかわかるときがあります。つい先日も、彼が険しい山道を歩いているところが見えたから『ずいぶん足場の悪い所にいるね。怪我をしないように気をつけて』とメッセージを送ったら、『おまえ凄いなぁ』と驚かれました」
鶴田さんは、その彼氏にも関わる件で、怖い予知をしてしまったことがある。交際しはじめた頃のことで、それが、予知能力について彼に告白するきっかけにもなった。
5、6年前の春、鶴田さんの交際相手の親友が失踪した。原因がわからないまま行方不明になり、家族が警察に捜索願を出したと聞いたが、健康な成人男性の失踪は警察では一般家出人とされ、積極的に捜査されることはない。
しかし、親友の一大事であり、鶴田さんの彼氏は酷く気を揉み、寝ても覚めても親友の安否を案じるようすだった。
鶴田さんは、付き合いだして日が浅かったせいもあり、行方がわからなくなった人の写真を見せてもらったこともなかった。彼の話から、自分たちと同じ広島に住んでいた同世代の男性だということはわかったが、知っているのはそれだけだった。
ところが、心配のあまり気がおかしくなりそうな彼氏をハラハラしながら見守っていたところ、唐突に自分の額に画面が開いて映像が始まった。
――見知らぬ男性が独りで砂浜に膝を抱えて座っている。彼の視線の先には遠浅の海が広がり、水平線が果てしなく左右に伸びている。のっぺりとした大凪の海原。自分が見慣れた瀬戸内海とは海の色が違う。
鶴田さんは、海を眺めている男性が失踪中の彼の親友だと直感した。また、海のようすから察して、その人は、ここ広島ではなく、どこか遠いところにいるのではないかと思われたが、彼氏に言うのは躊躇われた。
変な女だと思われたくなかったのだ。
しかし、その後、問題の男性のスマホのGPSを警察に調べてもらうことが出来て、最後に居た場所が静岡県だったことがわかったと聞くと、あの海はきっと静岡県の海に違いないと思い、黙っているのも苦しくなった。
そこで、鶴田さんはおずおずと、「海の方を探してみたら見つかるかもしれないよ」と彼氏に告げた。
しかし、その直後に、彼女は第二の予知を見てしまった。

――水中に沈む男性の顔。閉ざされた瞼。苦悶を刻みつけて静止した表情。漂白されたかのように色彩を失い、輪郭がふやけている。前髪が若布のように額にまつわりつつ揺れる。
――波打ち際に仰向けに横たわる男性。動かない。死んでいる。これは遺体だ! 砂にまみれた手足。靴と靴下は波に揉まれて脱げてしまったのだろう。
予知した内容から、鶴田さんは、静岡県のどこかの海辺にその人の溺死体が打ち上げられるはずだと思ったが、果たして、やはりそのとおりになった。
2回目の予知の3日後、静岡県某市の海岸で潮干狩りをしていた親子が遺体を発見して警察に通報、その旨が鶴田さんの恋人にも知らされた。
遺体で見つかる前の日に入水自殺をしたとのことだった。
「つまり、私が死を予知した後に亡くなったんです。海辺で座っていた映像を見たときからは1週間以上絶っていました。予知してすぐに、その人は遠いところの海辺にいるはずだと彼に言っていたら、ひょっとすると死なせずに済んだかもしれない。
このことがあったので、彼には私の予知能力を知ってもらうことに決めました。幸い彼は理解してくれて……最近は私を心配しています。
こういう特別な力は何かを代償として得ているものだからと彼は言うんです。たとえば目が見えなくなるとか。
私は近視で、だんだん視力が落ちてきているので、そのうち見えなくなるんじゃないかと想像してしまって、そう言われると、私も怖くなってしまいます。でも、予知をやめる方法がわからないんです。原因がわかれば止めようもあるかもしれませんが、わからないし。
予知ができても、あまりいいことはありません。ときどき答え合わせをしながら生きているような気分になります。未来が見えても、虚しいですよ」
文=川奈まり子
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