なぜ奇跡は起きたのか? 背景にあった人間の影

 しかし、なぜこんなことが起きたのだろうか。自然界では通常、種が異なる動物、ましてや「属」まで違う動物が交配することは極めて稀だ。

 研究者たちが指摘したのは、皮肉にも「人間」の存在だった。ドッグシムが発見された地域は、ブラジルの中でも特に人間による開発が進んだ場所だ。森林が切り開かれ、人間がペットを連れて移り住み、そして悲しいことに、そのペットを遺棄することが頻繁に起きている。

 その結果、野生のパンパスギツネと飼い犬の生息域が重なり、接触の機会が増えた。パンパスギツネが人間や犬への警戒心を失い、ついには本来ありえないはずの交配に至ったのではないか、というのが専門家たちの見解だ。これは単なる珍しい生命の誕生ではなく、人間の活動が自然の摂理に予期せぬ影響を与えた一つの証拠なのである。

一代限りの奇跡か、新たな種の始まりか

 残念ながら、ドッグシムは2023年に原因不明でこの世を去った。彼女の「種」は、彼女一代で終わってしまったのかもしれない。

 遺伝的に遠い種から生まれたハイブリッドは、健康に問題を抱えたり、どちらの親の環境にも適応できなかったりすることが多い。例えば、ドッグシムの真っ黒な毛皮は、自然界で身を隠すには全く不向きだっただろう。

 しかし、研究者たちはこうも記している。

「この発見は、約670万年前に分岐した異なる属の種でさえ、生存可能なハイブリッドを生み出せる可能性を示唆している」

 我々が地球環境を急速に変化させ続ける中で、生命は適応するために未知の進化を遂げるかもしれない。ドッグシムの物語は、生命の神秘と、我々人間と自然との関わり方を改めて問いかける、悲しくも美しい奇跡だったのである。

参考:IFLScience、ほか

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