さらに興味深いのは、K.448の曲中でメロディが切り替わるような「区切り」の瞬間に、リラックスやうとうとした状態と深い関わりがある「シータ波」と呼ばれる脳波が前頭前野で増加することも観察された点です。
このシータ波の増加は、心地よい音楽が脳の感情回路を刺激しているサインと解釈されます。
しかし、K.448の周波数や構造を人工的に変えた曲や、他のクラシック、ノイズ、ワーグナーのような有名曲では、同じようなスパイク減少の効果は一切見られませんでした。
この結果から、「モーツァルトK448の“本物”だけが、てんかん抑制効果を持つ」という結論が導かれました。
研究チームは、K.448が持つ「ソナタ形式」という独自の音楽構造――主題が繰り返されつつ、時折予想外の展開が起こる点――が、脳の感情ネットワークを適度に刺激し、ポジティブな感情や脳内の報酬系を活性化させているのではないかと考えています。
こうした音楽的刺激が前頭前野の活動パターンを変化させ、異常なスパイク発生を抑える――そんな新しい仕組みが提案されているのです。
この研究の成果によって、K.448を活用した“音楽療法”が薬に頼らない新しいてんかん治療法として期待されています。
さらに、「なぜK.448だけが効くのか?」という脳科学の謎が解き明かされれば、てんかん以外の病気や心のケアにも音楽医学の新しい可能性が広がっていくことでしょう。
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元論文
Musical components important for the Mozart K448 effect in epilepsy
https://doi.org/10.1038/s41598-021-95922-7
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。