満州事変は国際法上の侵略で、日中戦争も中国の領土を侵略するものでした。1937年に起こった盧溝橋事件は小規模な衝突でしたが、それをきっかけに日本軍は全面戦争を始め、国民党政府の首都だった南京に入城しました。

日本軍は中国共産党の勝利を助けた恩人

日中戦争は正式の宣戦布告がなかったので「支那事変」と呼ばれ、陸軍は「数ヶ月で終わる」と言いましたが、戦争は終わらなかった。1938年に近衛文麿内閣は「国民政府を対手とせず」という声明を出し、汪兆銘のかいらい政権を上海につくりましたが、戦争は泥沼化しました。

そして石油が足りなくなったので、ベトナムやインドネシアに戦線を拡大し、それに対する報復としてアメリカが石油の日本への輸出を止めたので、今度はアメリカに対して戦争を起こす…というように日本軍は行き当たりばったりに戦争を拡大しました。

問題は大虐殺かどうかではなく、日本軍が無計画に中国に戦線を広げたことです。おかげで内戦が長期化して国民党が消耗し、結果的には共産党が中国を支配しました。のちに毛沢東は「共産党が政権を取れたのは日本軍のおかげだ」と感謝しました。共産党を助けた日中戦争を、右翼のみなさんが「正しい戦争だった」というのは皮肉です。

南京事件: 「虐殺」の構造 (中公新書 795)
南京事件: 「虐殺」の構造 (中公新書 795)