
AIが人間の知能を超え、社会を根底から変えてしまう転換点「シンギュラリティ(特異点)」。それはSFの世界の話だと思われてきた。しかし、ある意外な指標に基づけば、その瞬間は早ければあと5年、2020年代の終わりまでにやってくるかもしれないという。
シンギュラリティは、物理学におけるブラックホールの「事象の地平線」にも例えられる。一度超えてしまえば、その先で何が起こるのか、もはや人間には予測も制御もできない。そんな未知の領域へのカウントダウンが、すでにある分野で始まっているというのだ。
シンギュラリティを「翻訳」で測る
そのカギを握るのは、イタリア・ローマに拠点を置く翻訳会社「Translated」社だ。彼らはAIの進化を測るユニークな指標を開発した。それは、AIの「翻訳能力」である。
言語は人間にとって最も自然なコミュニケーション手段でありながら、AIにとっては最も攻略が難しい課題の一つとされてきた。だからこそ、もしAIが人間と同レベルで言語を操れるようになれば、それは汎用人工知能(AGI)、つまり、人間のようにあらゆる知的作業をこなせるAIの兆候を示すことになる、と彼らは考えたのだ。
「言語は人間にとって最も自然なものです」と、同社のマルコ・トロンベッティCEOは語る。「しかし、我々が集めたデータは、機械がその差を埋めるまで、もはやそう遠くないことを明確に示しています」
「修正にかかる時間」が暴く、AIの驚異的な成長スピード
Translated社が開発した指標は、「TTE(Time to Edit)」、日本語で言えば「編集時間」だ。これは、プロの人間の翻訳者が、AIが生成した翻訳文を修正するのにかかる時間を計測し、人間が翻訳した文章を別の人間が修正する時間と比較するもの。この指標を使って、同社は2014年から2022年までの8年間にわたり、20億件以上のデータを分析した。
その結果は驚くべきものだった。
同社によれば、プロの翻訳者が別の人間が訳した文章をチェックするのにかかる時間は、平均して1単語あたり約1秒だという。
一方、AIが翻訳した文章をチェックするのにかかった時間は、2015年時点では1単語あたり約3.5秒だった。それが現在では、わずか2秒にまで短縮されている。
この改善ペースが続けば、AIによる翻訳の品質は、2020年代の終わりか、それより早くに人間と同レベルに達する、という計算になる。
「変化は毎日少しずつなので気づきにくいですが、10年というスパンで見ると、その進歩は目覚ましいものです」と、トロンベッティCEOは言う。
