さらに電子は単に跳ね返されるだけではなく、壁の内部でエネルギーを得て、原子内に存在する特定の高エネルギー状態(リュードベリ準位と呼ばれる励起状態)に一時的に移行することが確認されたのです。

電子はこの励起状態を中継点のように経由して、最終的に障壁の外へと放出されていたのです。

従来の常識と新たな発見を比較すると以下のようになります

従来の常識

電子が親原子に束縛されている → トンネル脱出 (加速課程は省略)

新しい発見

電子が親原子に束縛されている → トンネル内部を進行 → 障壁の奥でUターンして親原子の核に再衝突 → トンネル脱出 → 出口で観測される

研究チームはこのような新しいメカニズムを「バリア内部での再衝突」(Under-the-Barrier Recollision, UBR)と名付けました。

UBRメカニズムがあることで、従来の理論では説明できなかった「フリーマン共鳴」(Freeman resonance)という現象がはっきりと理解できるようになりました。

フリーマン共鳴は、1980年代に初めて観測された特殊な量子現象で、ある特定の条件で原子から放出される電子が非常に強いピークを形成する現象のことです。

今回の実験により、このフリーマン共鳴のピークがUBR過程によって引き起こされることが証明されました。

特にUBR経路によるピークの強さは、従来の理論予測を大きく超え、非常に強力で安定したものだったのです。

この実験結果が意味するのは、電子がトンネルを通過する際に単に壁をすり抜けるだけではなく、内部で壁と複雑な相互作用をしていることを示しています。

具体的には電子は壁の中で一旦戻るような反射を経験し、高エネルギーの状態へと昇ってから外へと出ていることが初めて明らかになりました。

この新しい発見は、量子トンネルの理論的理解を大きく変えるだけでなく、電子の挙動を精密に制御する未来の技術開発にも大きな可能性を開くものです。

量子トンネルの中は想像以上にダイナミックだった

量子トンネルの中は想像以上にダイナミックだった
量子トンネルの中は想像以上にダイナミックだった / Credit:川勝康弘