2021年、ブラジル南部の町ヴァカリアで、一台の車がある動物をはねた。よくある悲しい事故だ。しかし、この話が普通と違ったのは、その生き物が奇跡的に一命をとりとめたこと、そして、誰もその正体がわからなかったことである。

 2年後、この謎めいた生き物に関する研究論文が発表されると、専門家たちは騒然となった。ノースカロライナ自然科学博物館のローランド・ケイズ博士は、「なんと奇妙なハイブリッド(雑種)だ!」と驚きを隠せない。

 通常、イヌやオオカミ、コヨーテといった同じ「イヌ属(Canis)」の中での交雑は知られている。しかし、今回発見されたのは、進化の過程で約670万年前に枝分かれした「属」の異なる種、つまりイヌとパンパスギツネのハイブリッドだったのだ。生物学的には、存在するはずのない組み合わせである。

 彼女の名は「ドッグシム」。その生涯は、誰にも予測できないものだった。

存在するはずのない「犬とキツネの雑種」その数奇な運命、670万年の進化を飛び越えた奇跡の画像2
(画像=画像は「YouTube」より)

犬のように吠え、キツネのように狩る

 ドッグシム(Dogxim)という名は、彼女の遺伝子を完璧に表している。「ドッグ(Dog)」と、パンパスギツネの現地名「グラシャイム(graxaim-do-campo)」を組み合わせた造語だ。

 その姿は、まさに両者の特徴を奇妙に受け継いでいた。キツネのような尖った耳とふさふさの尻尾を持ちながら、体毛は真っ黒で、その瞳は紛れもなくイヌのものだった。

 行動もまた、犬とキツネが混在していた。犬のように吠えるが、ドッグフードには見向きもせず、生きたネズミを好んで狩った。キツネのように軽々と茂みに登る一方で、野生動物特有の強い警戒心や攻撃性は見せず、時にはおもちゃで遊び、人に撫でられることさえ許したという。彼女は、まさに生きた謎だったのだ。

遺伝子が解き明かした「ありえない出会い」

 この謎を解く鍵は、遺伝子解析にあった。研究チームが彼女の染色体を調べると、その数は76本。これは、イヌの78本とパンパスギツネの74本もちょうど中間にあたる数だった。

 さらに詳しく分析を進めると、驚くべき事実が判明する。母親からのみ受け継がれるミトコンドリアDNAは「パンパスギツネ」のもの。そして、両親から受け継ぐ核DNAには、イヌとキツネ、両方の特徴が見られた。これにより、ドッグシムはパンパスギツネの母と、イヌの父を持つ、史上初のハイブリッドであることが科学的に証明されたのだ。