事業経営には不確実性があるから、入金の予定は遅延し得る。入金が遅延すれば、入金を見込んだ出金のできなくなる可能性がある。故に、余裕資金の保有は不可欠だと考えられやすい。しかし、余裕は、即ち、無駄である。故に、企業の経営効率からいえば、現金の保有は最小化されるべきである。

HYWARDS/iStock
余裕資金が必要となる理由の一つは、負債の弁済が現金でなされることである。手元の現金が少ないと、資金繰りの都合によっては、弁済不能になる可能性があるからである。
この無駄を省いたのが単名手形の転がし、略してタンコロである。手形貸付においては、債務者を振出人、債権者を受取人とする約束手形が担保にされるが、この手形は、債務者が一名なので、単名手形と呼ばれる。手形貸付が便利なのは、現金による弁済が省略されて、手形の期日に、期日を書替えて、弁済が常に先に繰り延べられることである。俗に、この書替が転がしと呼ばれているわけだ。
そもそも、必要なときに、必要な額を確実に調達できれば、手元資金を最小化できる。しかし、現実には、確実な資金調達はあり得ない。資金調達が困難になる事態は、事業者に特段の問題がなくとも、金融資本市場の状況によって、逆に、金融資本市場に特段の問題がなくとも、事業者の経営状況によって、容易に生じ得るのだ。故に、事業者においては、過剰に手元資金や資本を保有しているのが通例で、その理由を危機対応のためと説明するのも通例となっている。
そこで、金融行政の課題として、金融資本市場の強靭化があり、金融政策の課題として、危機時の即時で巨額な資金供給があるのだが、事業者としても、経営効率の改善を実現するためには、単に余裕を厚くするだけではなく、必要なときに必要な額を確実に調達できるように、経営能力を高める必要があるわけである。おそらくは、企業にとって、危機における資金調達の能力こそ、最大の競争力なのである。