研究チームはレーザーを使ってこのポラリトン流体を作り出し、その流れる速度に空間的な勾配(傾き)を持たせることで、流体の中に亜音速から超音速へと速度が変化する領域を作りました。
ちょうど川の流れが急に早くなる場所に波の地平面ができるように、ポラリトンの光の液体の中にも「光の地平面」とも言うべき境界が形成されたのです。
この地平面の性質を調べるために、研究者たちは最新の分光技術で光の液体に潜む微小な波をすくい取り、エネルギーの分布を精密に測定しました。
その結果、地平面の内側では通常は存在しないはずの“負のエネルギー”をもつ波がくっきり現れていることを確認しました。
この負のエネルギーの波は、地平面を挟んで生成された粒子ペアの一方に相当し、本来のホーキング放射で言うところの「ブラックホールで言えば内部側に落ち込むパートナー粒子」を表しています。
つまり研究チームは、ブラックホールのホーキング放射に例えられる現象の“第一声”を、実験室で初めてはっきり聞き取ったのです。
負のエネルギーを持つ波とは何か?
ここで言う“負のエネルギーをもつ波”とは、ポラリトン流体の中で揺らぐ波の一種で、観測者が立っている実験室(静止した基準)から見ると、エネルギーの符号が逆向きに数えられるという特殊な性質をもっています。一見すると普通のさざ波と変わらないのに、流れの速い川でボートをこいだときのように、進む向きとエネルギーの向きが食い違っている波とも言えます。
ポラリトンという光の粒が作る川では、流れが遅い上流では波はプラスのエネルギーを背負って下流へ進みますが、川幅が急に狭まり猛烈な急流になる「地平面」の内側に入ると、川の速さが波の走る速さを追い越してしまいます。その結果、波は見かけ上、川からエネルギーを抜き取る借金取りのように振る舞い、外から測るとマイナス符号のエネルギーを持った波として観測されます。実際、もしこの借金波が、上流からやって来る貯金をもった波とぶつかれば、両者のエネルギーは差し引きで相殺され、貯金側の波は勢いを削がれて小さくなるか、条件がそろえば完全に消えてしまいます。つまり負のエネルギー波は、エネルギーの帳尻を合わせる“赤字担当”として、ホーキング放射やブラックホール周辺で起こる吸収や増幅の仕組みを支える影の主役なのです。