石破茂氏の自伝『保守政治家 わが政策、わが天命』(講談社)を読んで感じるのは、これが通常の政治家の自伝とは一線を画しているということだ。「わが天命」という重々しい副題が示唆する大著とは裏腹に、本書には確固たる政治理念や体系的な政策論がほとんど見当たらない。
しかし、まさにその「欠如」こそが本書の価値である。
著者は自身の来歴を驚くほど無防備に開示する。高校・大学時代の進路選択、就職活動、そして政界入り後の身の処し方に至るまで、その時々の心の揺れを包み隠さず記述している。これらのエピソードは、一見すると若者の成長記録や政治家の回想録として平凡に映るかもしれない。
だが、これらの「日常的な迷い」の連続が、読み進めるうちに重要な意味を帯びてくる。なぜなら、それは戦後日本の政治家たちが、実際にはどのような動機で行動してきたかを図らずも明らかにしているからだ。
1993年の政界再編という歴史的転換点での去就、政党間の移動、「保守」の定義の変遷――これらの政治的選択が、高邁な理念ではなく、極めて人間的な感情や状況判断に基づいていたことを、著者は隠そうともしない。
本書の最大の逆説は、政治家としての「弱さ」を率直に認めることで、かえって日本政治のリアリズムを浮き彫りにしている点だ。理念や政策ではなく、人間関係と状況適応で動く政治。それを批判するのは容易だが、民主主義とは結局、こうした「普通の人間」が担うものではないのか。
確かに、安全保障の専門家として知られる著者の政策的知見を期待する読者は失望するだろう。「保守」とは何かという本質的な問いへの答えも曖昧なままだ。しかし、それもまた戦後日本の「保守政治」の実態を正確に反映しているのかもしれない。
本書は、理想の政治家像を求める人には勧められない。だが、日本の政治がなぜ現在のような姿になったのか、その構造的な要因を理解したい人にとっては、意外な発見がある一冊だ。