海底の岩陰で、ヌルリとした腕が何かを探っている――。

それはタコの腕。

触手の先にびっしりと並んだ吸盤が、まるで鼻と舌の代わりのように、暗闇の中で獲物を探知しています。

最近の研究で、タコは物体の表面にいる「微生物」の出す化学信号を手がかりに、安全に食べられる物か、それとも避けるべき腐敗したものかを判断していることが明らかになりました。

つまりタコは「さわって味わう」能力を持ち、目に見えない微生物の“風味”を感じていたのです。

この驚きの発見は、米ハーバード大学(Harvard University)の研究チームによって発表されました。

研究の詳細は2025年6月17日付で科学雑誌『Cell』に掲載されています。

目次

  • 微生物が「腐ってるよ」と教えてくれる
  • 腕が脳に先んじて「安全か危険か」判断している

微生物が「腐ってるよ」と教えてくれる

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Credit: canva

タコの腕には、独自の感覚受容体が備わっていて、触れたものの化学成分を感じ取ることができます。

いわば、触覚と味覚が合体したような感覚器官なのです。

研究チームが注目したのは、野生のタコが実際に触れている表面――つまり獲物や卵の殻の表面を覆っている微生物たちです。

たとえば、シオマネキというカニの甲羅や、自分の卵の表面には、時間とともにさまざまな微生物が棲みつきます。

このとき重要なのは、タコが直接カニや卵の中身を見て判断しているわけではないということです。

タコが感じ取っているのは、表面にいる微生物たちが作り出す分子=化学的な“風味”なのです。

生きたカニの殻はほとんど無菌状態に近いのに対し、腐ったカニの殻には有害な細菌がびっしりと繁殖しており、その中の特定の細菌が出す化学物質が「これは腐っているよ」という信号として働くのです。

また、タコが育てている卵も同様で、親が世話をしているあいだはバランスの取れた微生物が表面にいますが、捨てられた卵は有害なバクテリアが異常繁殖し、「これは育ててもムダだよ」という化学信号のサインを発していることがわかりました。