東京都の「敬老パス」は、1972年に当時の美濃部亮吉知事によって導入されました。高齢者が都営交通を格安で利用できる、いわゆる“福祉の象徴”のひとつです。

そのわずか数年前、1969年。美濃部知事は「老人医療費無料化」という、今では考えられない大胆な施策を開始しました。

これが国政にも波及し、当時の田中角栄首相が全国的に追随。結果、日本中で「老人医療=無料」が当たり前になっていきました。

この流れがもたらしたものは何だったのか。

当初こそ「高齢者にやさしい政治」として喝采を浴びましたが、そのツケはあまりにも大きかった。

社会保障制度は爆発的に膨張し、保険財政は深刻な赤字に転落。結果として現役世代に重い負担を強いる構造が固定化され、今に至るまで抜け出せない泥沼に私たちは沈み続けています。

誰もが望む「やさしい政策」が、制度の持続可能性を破壊することもある。善意だけでは社会は維持できない。この歴史の教訓を、私たちはもっと深く胸に刻むべきです。

「高齢者に優しい政策こそ正しい」という価値観は、今もなお根強く残っています。

しかし、もはや人口動態は当時とはまったく異なり、現役世代は人口の半分にも満たず、高齢者が有権者の過半数を占める社会です。

負担と給付のバランスが崩れ、未来世代に借金と負担を先送りし続ける仕組みを「やさしさ」と呼べるのでしょうか。

むしろ、次世代のために制度を改め、社会保障をスリムに保つことこそが本当の「優しさ」であり「正義」だと私は信じています。

美濃部知事が切り拓き、田中角栄が追随した「老人福祉の拡大路線」は、確かに当時は時代の要請だったのかもしれません。

けれど、時代は変わりました。

いま求められるのは、過去をただ継承することではなく、勇気を持って転換すること。

社会保険料を引き下げ、給付のあり方を見直し、持続可能な仕組みを再構築しなければ、日本社会は立ち行かなくなります。