●この記事のポイント 2021年まで長らく菓子業界首位を誇っていた不二家。シャトレーゼは不二家と異なり広告宣伝に注力していないにもかかわらず、なぜ業界トップの座を奪うことができたのか。それは社員教育に違いがあると著者は分析する。

 日本能率協会マネジメントセンターが2023年4月に行ったインターネットによる管理職の実態に関するアンケート調査によると、一般社員の約77.3%が「管理職になりたくない」と回答したとの結果が報じられている(https://www.jmam.co.jp/hrm/column/0095-kanrishokuchousa.html)。

 企業の管理職とは、仕事の負担や責任だけ増えて給料はたいして上がらない、魅力どころかデメリットを体現したような存在……そんなネガティブなイメージが形成されているようです。なぜ管理職の印象がここまで下がってしまったのか。それはひとえに、多くの日本企業が「プレイング・マネージャー」などと称して通常業務や部下の統率をまとめて管理職任せにして、彼らを魅力的な存在に育て上げる教育を怠っているからだと指摘するのは、企業ブランディングを行う株式会社イマジナの代表の関野吉記氏である。

 管理職が優秀な人材をマネジメントするスキルを学び、会社の魅力や仕事の楽しさを体現できるような存在となれば、その下層にも人を育てる文化・会社の魅力を伝えていく文化は広がり、根づいていく。会社が発展する可能性は、管理職のあり方が重要だとしている。

 今回は関野吉記氏の『管理職のチカラ~採用も、業績も、人材育成で変わる』(プレジデント社)より、管理職のあり方について一部抜粋・編集してお届けする。

企業価値は“社員”次第…育成強化で「ブランディング経営」を

 私の実家は、山梨県で100年続く菓子問屋を経営している。

 100年間ひとつの事業を継続させるのは、並大抵のことではない。次の世代にしっかりとバトンを渡さなくてはならないが、それには次の世代が「受け取りやすいバトンの渡し方」を上の世代が考えてやる必要があるのだ。後からくる者のパフォーマンスを最大化する方法を、上の世代は常に考えておかなくてはならない。

 しかしそれは、単に優しければいいとか、下の世代に対して思いやりがあればいいということではない。100年の事業継続を考えるなら、むしろ、自社のこだわりを守り切り、絶対に方針を曲げないぐらいの頑なさが必要だといえる。

 そのためには、とりも直さず「理念」という指針が重要なのだ。社会課題をどう解決していくのか、そのためにどんな思いで、どんなこだわりを持って事業の展開をしていくのか。それを経営者がとことん突き詰めて考え、徹底的に社員に浸透させていかなくてはならないのである。

 同郷の山梨県人に、一介の今川焼き風のお菓子屋から年商1175億円のシャトレーゼという洋菓子チェーン店をつくり上げた齊藤寛さんがいる。

 わずか20年間で、シャトレーゼの売上を5倍に膨らませた齊藤さんは、御年90歳。これから同社の売上を1兆円にすると豪語していらっしゃる。

 現在、シャトレーゼは菓子業界の最大手だが、かつての業界最大手といえば、「ペコちゃん」で親しまれている不二家だった。不二家の創業は1910年。老舗中の老舗といっていいだろう。

 不二家は2021年まで、業界ナンバー1の売上規模を保っていたが、この年を境にしてシャトレーゼに業界トップの座を明け渡すことになった。

 この交代劇が起こった原因は、両者の経営戦略の違いにある。ご存じのように、不二家は広告宣伝が巧みな企業だ。

 店頭に飾られている「ペコちゃん」人形は昔から子どもたちに人気があり、不二家の商品パッケージにさまざまな形で登場しては、不二家の顔として活躍している。あるいは、「ミルキーはママの味」というキャッチフレーズを旋律とともに記憶している人も多いのではないだろうか。不二家という会社は、広告宣伝に巨額の投資をすることによって、好感度の高い企業イメージをつくり上げ、それを売上につなげてきたのである。

 一方のシャトレーゼはどうかといえば、店舗は比較的簡素で、ペコちゃんのようなマスコットキャラクターも存在しない。誰もが記憶しているようなコマーシャルソングもない。

 その代わりシャトレーゼは、社員を大切にし、一人ひとりをきちんと評価することに注力しているのだ。加えて齊藤寛さんは社員を事業に巻き込んでいくのが非常にうまい経営者なのである。

 同社の経営手法の一例として、独特な「プレジデント制度」が挙げられる。これは、社員に自分の持ち場のコスト・カットや作業効率の向上を、まさに社長(=プレジデント)のように考えさせ、成果が上がれば報償金を出すという制度である。現在、シャトレーゼの社員は約2200人いるが、約5%の120人がプレジデントに任命されている。

 この制度の狙いはプレジデント制度という名前が示している通り、社員一人ひとりに「プレジデント=経営者の視点と意識を持たせること」にある。職場の改善を「やらされる」のではなく、自分ごととして取り組む社員を育てようという試みだ。

 シャトレーゼの躍進が、こうした斬新な仕組みによって支えられていることは言うまでもないが、ここには重要なポイントが2つある。

 ひとつは、こうした制度は経営者が現場に直接足を運んで、現場をよく観察していなければつくれないということ。もうひとつは、シャトレーゼが社員の育成を成長の原動力としている、ということである。

 では、不二家はどうだろうか。ご記憶の方も多いと思うが、不二家がシュークリームの原料に期限切れの牛乳を使用していたのが発覚したのは、2007年のことであった。このニュースを聞いて私が驚いてしまったのは、検査基準の10倍にも達する細菌が検出されていながら、期限切れの牛乳の使用を中止せよという声が社内から上がらなかったという事実である。

 もしも、「ミルキーはママの味」という人口に膾炙したフレーズに社員が誇りを持っていたら、基準を超える細菌の検出を放置することなどあり得ない。本物のママならそんなことは絶対にしないだろう。

 これは、不二家が企業理念の浸透を怠っていた証しであり、広告宣伝さえうまくやれば製品は売れると思ってしまった結果なのかもしれない。

 別の言い方をすれば、不二家は広告宣伝に多額の費用をかけてはいたが、社員の育成、理念浸透、理念教育には力を入れていなかったのではないだろうか。そして、ライバルのシャトレーゼは営々と社員の育成を続けてきた結果、菓子業界トップの座を射止めることになったのである。徹底した理念の浸透と社員の育成が企業価値を高め、ブランディング経営成功の鍵となったのだ。

(著者=関野吉記/株式会社イマジナ 代表取締役社長)