その結果、この現象はサメの中でも一部の種だけに見られ、他の種ではまったく現れないことが明らかになったのです。

「進化の遺物」である可能性と失われた理由

解析によって、トニック・イモビリティはサメの進化史において原始的(祖先的)な特徴である可能性が高いと示されました。

つまり、数億年前のサメの祖先には広くこの反応が見られたものの、その後の進化の過程で少なくとも5回以上、異なる系統で独立して、生存に必要のないこの反応が失われたと考えられています。

では、なぜ一部のサメはこの反応を「やめた」のでしょうか?

チームが注目したのは、生息環境です。

トニック・イモビリティを示さない種の多くは、浅瀬の複雑な底生環境(サンゴ礁や海藻林など)に住んでおり、狭い隙間に入り込んで獲物を探したり、休んだりしています。

もしそんな場所であやまってひっくり返り、突然「フリーズ」してしまえば、身動きが取れずに命を落とすリスクが高まるのです。

一方で、外洋や深海のように構造が単純な環境では、トニック・イモビリティによる行動停止が大きな不利になることは少ないでしょう。

したがって、環境によってはトニック・イモビリティが有利にも不利にもならず、自然淘汰の対象にならずにそのまま一部のサメの間で残っていると考えられます。

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もはや生存には必要ない?/ Credit: canva

また、捕食者から身を守るためという説に関しても、例えばシャチはサメをわざとひっくり返してトニック・イモビリティ状態にし、無抵抗になったところで肝臓だけを食べてしまうという事例が報告されています。

つまりトニック・イモビリティはむしろ捕食者(シャチ)にとって都合のいい「弱点」になってしまっているのです。

トニック・イモビリティは、かつては何らかの機能を持っていた可能性があるものの、現在では適応的な意味を持たない「進化の手荷物」になっているのかもしれません。