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いまや保守派を代表する外交批評家として、すっかりお馴染みの存在となった山上信吾氏。外務大臣はもちろんのこと古巣の外務省を批判することも厭わない舌鋒の鋭さは、安倍晋三元総理が暗殺された後に軸を失った日本外交に対して、多くの人々が抱く不安感と憤りを代弁する存在だ。
著者の外交批評には、当然のことながら長年外交の最前線で外交官として活動してきたことに加え、茨城県警本部警務部長やインテリジェンス部門のトップである国際情報統括官として情報分析に当たってきた特殊なキャリアも影響している。本書は、そんな著者のキャリアの集大成でもある。
『南半球便り 駐豪大使の外交最前線体験記』
本書では政治経済から文化観光歴史スポーツまで、駐豪日本大使としての様々な職務の一端を紹介してくれる。その中でも山上氏が豪州情報機関に食い込み、現地に有益なネットワークを築いていく過程は読み応えがある。現地のキーパーソンとの意見交換から得た知見をもとに、今後の日本の平和と繁栄を守っていくために如何にして情報能力の強化を図っていくべきか、との考察は示唆に富んでいる。
日本でも一時話題になったアメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド五か国による、情報協力の枠組みであるファイブ・アイズ。法制度の未整備もあり、日本国内では5か国と対等に連携するのは難しいという論調が国内では主流であったと記憶している。
しかし、豪州においては日本を加えてシックス・アイズにすべきと元首相やシンクタンクが主張する動向を大使として把握し、その事実を報告。そして日本がそのネットワークに入るためにも、日本にインテリジェンス機関が必須であるとの政策提言へと道を拓いている。国際情勢の潮流を読み、日本が世界の中で生き残るための道を本国に提言する、まさに外交官のあるべき姿である。
駐豪日本大使としての2年5か月。決して長くはない期間に、著者は実に多くのことを成した。しかも大使職にあった2020年12月から2023年4月までの期間の大半は、コロナ禍で対面外交が大きく制限された時期であった。平時であったなら、日豪関係の深化へとあれもこれもやってくれたのではないかと想像してしまう。仮に大使としてやり残したことがあるならば、外交評論を武器に後輩外交官の背中を押していってほしいと思う。