前回紹介したように、長い間九大の文学研究科での「文学博士」の学位は、かなりな年配の方が大きな業績をまとめたら授与するという「伝統」があったように思われてきたが、文部省は可能なかぎり全学部でも「博士学位」を出すように方針転換を変え、それが周知徹底され始めていた。そのような事情で「博士論文」執筆の話になったのであろう。
「博士論文」審査では、教授会で主査1人副査2人の3人体制の審査委員会を作り、半年かけて業績を審査して、教授会用、大学本部用、公開用の書類作成が義務付けられる。しかも主査も副査も通常の講義、ゼミ、会議はそのままであり、多忙になることは間違いない。これは私が北大で10名程度の主査を経験して分かったことであり、当時はこのような事情は何も知らなかった。
『都市高齢社会と地域福祉』を目指して準備を始めた
もちろん「博士論文」執筆のアドバイスは恩師のありがたいご配慮なので、ひとまず2年がかりで1冊の本を書き上げようと決意した。
調査データを使った論文をメインの第Ⅱ部にして、第Ⅰ部は先行研究の理論のまとめ、社会システム論に立脚した高齢者の「役割理論」を整備して、都市高齢者調査の仮説などを書き、第Ⅲ部は高齢者行政向けの研究成果を揃えようと構想を練った。
ただし、次回に取り上げる長谷川公一東北大学助教授との共著『マクロ社会学』の話がすでに出版社主導で同時進行していたので、博士論文の準備は自宅で行い、『マクロ社会学』関連は研究室でやることにした。
以後70歳ですべての大学業務から引退するまで、このような別々の本の準備を同時進行する作業をあと2回経験することになるが、この2冊の準備がその最初であった。
「博士文学」の学位取得
幸いなことに『都市高齢社会と地域福祉』の原稿は2年で書き上げて、ミネルヴァ書房から1993年2月に「都市社会学叢書3」として刊行された。北大移籍後3冊目であり、それにはほぼ10年を要したことになる。