畏友田中信彦氏の連載コラム新ポストがバブル崩壊に苦しむ中国住宅市場で起きている新たな動きを解説している。
「国有化」が進む中国の住宅開発 中国は「大きなシンガポール」になれるか(次世代中国 一歩先の大市場を読む)
邦字メディアはもとより外電も含めて初耳の情報で、たいへん参考になる。
中国の大手不動産会社は、全国あちこちで開発事業を展開してきた。大都市の条件の良い土地は残っていないので、売上規模を維持するにはどうしても地方の三線級(サード・ティア)以下の中小都市での開発をたくさん手がけないといけない。
でも、中小都市はもともと需要、購買力に限りがある。不動産市場の暗転で、こんな物件をたくさん抱えた全国大手が軒並み「アウト」になっている。優良企業ナンバーワンと言われた万科まで救済を受けることになったのだから(田中氏の記事参照)、他は推して知るべしだ。
記事によると、難局を打開するために政府が重い腰を上げて、以下のような対策を実行し始めた。
国有不動産会社が ①不振の民営不動産会社に資本注入して子会社化した上で事業を継続する、または② 民営の不動産会社から売れ残り住宅を買い上げて、これを廉価で分譲・賃貸する(低所得層向け「保障性住宅」の供給) 1.のために必要な資金は、人民銀行(中央銀行)が6割、銀行が4割を供出する資金枠から国有不動産会社に融資する。人民銀行は3000億円の資金枠を用意したので、買い上げ資金は総額5000億元の見込み 買い取り価格は、もとの分譲価格の50%程度が基本、また、販売価格は、同等の立地やスペックの民間分譲マンションの6割程度が目安とされる。さらに、売れ残りマンションを買い取って保障性住宅に転換する国有不動産会社は、利益率を5%以下に留める
以下は私のコメントだ。
買い取り価格を元の分譲価格の50%程度にするとの方針が(内々にでも)示されたのであれば「政府も不動産バブル崩壊の現実に向き合い始めた」という意味で、大きな出来事だ。これまでは、住宅を買った国民の反発、地域経済の悪化を認めたくない地方政府等々の原因で(地域にもよるが)住宅の資産価値が大幅に下落した事実を正面から認めるのは困難だった(公式統計も然り)。時間をかけて、国民も「値打ちが大きく下がった」事実を受け容れ始めた頃合いを見計らっていたのかもしれない。
資本注入と物件買い上げという二つのパターンが挙げられているのは、「保交楼(未完工物件)」問題が絡んでいるから、かもしれない。これは「買主は既に何年も前に代金を払ったのに、物件引渡しが済んでいない」どころか、そもそもマンションが未だ建っていないという深刻な問題だ。
よって、① 物件は建ったが、売れ残っている案件については買取り、 ②そもそも建物を建てるところから再開しないといけない案件(をたくさん抱える会社)は、国有不動産会社が資本注入して事業を引き継ぐ、って感じかな?
保交楼問題については、完成できる見通しのある物件は、地方政府がお墨付きを出して銀行に追加融資を促す「ホワイトリスト(白名単)」政策というのが昨年初めに打ち出された。しかし、追加融資を償還できる見通しがある物件なんてわずかなので、実効が挙がらなかった。
政府は焦って、「お墨付き案件をもっとたくさん認定して融資させろ」みたいなハッパをかけたが、それでも進んでいないんだろう。当たり前だ。市況は大幅下落してるのに、担保を使い果たして資金もショートしている業者に「無担保で追加融資しろ」なんて、銀行に求める方がどうかしている(経済担当副総理さん聞こえてますかぁ?)
さて、破綻に瀕している大手不動産会社の負債は大別して、① 買主から申し受けた前受け代金、② 建設会社、資材会社などの買掛(未払い)金、③ 社債や銀行融資など金融債権の3種類から成り、これがだいたい3等分くらいと聞いたことがある。
このうち①と②の負債は踏み倒すとやばい(代金を払った買主が引き渡しを受けられない、売掛金を抱えている建設会社や資材会社は貸し倒れを食らうと、連鎖倒産の引き金を引いたりして、社会不安の種が拡散する)。となると、最後は③の融資した銀行、社債を買った企業らに「貸主責任」を負って損失を被ってもらうしかない。「元の分譲価格の50%程度」の売却収入では、金融債権は全損になる可能性があると思う。
けっきょく中国の不動産は、莫大なおカネを注ぎ込んだ投資先が資産価値半分、みたいな巨額の損失を生んでしまった問題を国全体でどう処理するか?という問題だ。
「ホワイト・リスト」政策は、皮肉にみれば、①や②の負債を綺麗にして、追加融資をさせられた銀行に損失(貸し倒れ損失)を寄せる政策だ。それで銀行が資本不足になるなら国が増資して自己資本を強化しなければいけなくなるが 事業を承継する国有不動産会社が不振会社を子会社化するときには、まず不振会社の財務デューデリが必要だ。厳格に資産査定して「債務超過」と判定されれば、既存株式は100%減資して、まず旧株主が損失の責任を負うべきだし(かつての日本航空の企業再生と同様)、債務超過なら金融債権も残る事業が立ちゆく水準まで減損するのがスジだ ところが、記事によると、万科の場合「万科に1000億円近くを出資して取得する持分は30%弱」だそうだ。万科は事業が経営不振に陥る前の2021年時点の時価総額が約2,430億元だったらしい(ChatGPT情報、ウラは取ってないw)。その後資本に変動がないとすると、1000億元増資して資産価値3430億元になった会社の1000億元分の持分率が30%弱というのは1000/3430=29%というのと殆ど同じだ。つまり万科の会社の価値は4年前から目減りしていないことになる(そんな訳ないだろw?)。旧株主の責任は問わない判断をしたことになるので、株主より保護されるべき金融債権者の責任も現時点では問わないことになる。 以上の前提で、不振会社を子会社化するときに注入される1000億元のニューマネーは、未完工物件を完成させることに使われ、その過程で① 買主から申し受けた前受け代金、② 建設会社、資材会社などの買掛(未払い)金の負債を綺麗にするのではないか。 リストラ後の万科の経営は上手く行くのだろうか?今後の分譲価格は用地を仕入れたときに想定した分譲価格を大きく下回るだろうから、今回避けた減資と金融債権の一部カットをしないと立ちゆかないと思われる。 そういう不良会社を子会社として抱え込む深圳地鉄集団の経営はどうなるだろうか。母体が大きいから、ネガティブショックを内部で吸収できるのかもしれないが、その分同集団の価値は下落するだろう。影響が深刻になったら、同集団は増資のために借り入れた負債1000億元について、上部機関や銀行に減免や猶予を求めるだろう(「万科の事業は深圳市の外、広東省の外でもたくさん行われたのに、そのツケを深圳市だけが負うのはどうなのか?」とか言って)。 以上のように、この住宅産業国有化政策の本当の意味は「中共ホールディングス」という巨大持株会社の内部で、何層もの子会社群レイヤーを通して損失を分散負担し合って、局部が破綻することのないようにすることにある、というのが私の見立てだ。不動産の素人である銀行に未完工物件の後処理を全部任せるのは無理だから、国有不動産会社を起用する、そのうえで国有不動産会社と銀行が資金計画を詰める、といったかたちでホールディングス傘下の各部門が持ち場持ち場で協力し合う体制が出来はじめたということか。 利点は局部の破綻がもたらす悲劇や社会不安を回避できることであり、欠点は本当の意味での損失処理が回避され、言わば体内に毒素が残留したままになるので、何時まで経っても中国経済が本当の健康を取り戻せないことだ。 最後にもう一つコメントすると、本記事が報じるように不十分な形であっても、バブル崩壊の現実を認めて対策に乗り出したことは一歩前進だが、中国の専門家は不動産問題の後処理に必要な必要な資金は記事中に出ている「5000億元」では到底足りず、数兆元(4兆元?)規模になると見込んでいる。「対策は始まったばかりで途は長い」ということだ。

習近平国家主席 2024年9月 中国共産党新聞より