研究内容の詳細は『Scientific Reports』にて発表されました。
目次
- 人間でも暴力体験の遺伝を示唆する研究が増えている
- 暴力はDNAに刻まれるのか? シリア難民が示す世代間のトラウマ遺伝
- トラウマ遺伝の衝撃と限界:私たちは何を学ぶべきか
人間でも暴力体験の遺伝を示唆する研究が増えている

トラウマと呼ばれる心の傷は、しばしば「忘れられない記憶」として語られます。
しかし近年の研究によれば、その“記憶”は脳だけでなく、私たちの遺伝情報を読み取る仕組みにも刻まれている可能性が示唆されています。
こうした考え方を支えるのが、胎児期の環境が将来の疾患リスクや発達に影響を与えるとするDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)仮説です。
もともとは栄養不足や毒素への曝露などが取り沙汰されてきましたが、暴力や虐待といった心理的ストレスもまた、DNAの「メチル化」という化学的タグを通じて“体に刻まれる”のではないかというわけです。
実際、ホロコーストの生存者やルワンダ虐殺の生存者とその子孫を対象にした研究では、親世代の恐怖体験が子どもの遺伝子上のメチル化パターンに反映されている可能性が報告されています。
DNAの配列自体は変わらなくても、あたかも「ノートに貼られた付箋」のようなメチル化の変更が、遺伝子のオンオフを左右するのです。
ただ、ヒトの受精や妊娠の初期段階では、いったん多くのエピジェネティック修飾が“リセット”されるとされており、「いったいどうやってトラウマの痕跡が次の世代へと渡るのか?」という疑問は長らく残っていました。
動物を使った研究では、母親が極度のストレス下にあると、子ども世代どころか孫世代までも振る舞いや体質に変化が生じるケースがあるといいます。