研究チームは、対象者が画面に表示された図形ペアを見て、「どちらが大きいか・長いか」を瞬時に判断する課題を行わせました。

ここでユニークなのは、医療の現場で日々「骨折線や腫瘍の痕跡」を探しているプロフェッショナルと、まだ専門訓練を十分に積んでいない学生とを直接比較した点です。

さらに、同じ錯覚でも「わざと複雑な背景」を強調したり、サイズの差をわずか数%にしたりと、かなりシビアな条件が設定されていました。

こうすることで、どの程度の「集中力」や「周辺ノイズを切り離す力」が必要なのかを、より客観的に測定できるよう工夫されています。

結果は非常に興味深いものでした。

たとえばエビングハウス錯視の条件では、専門家グループが約50%近い正答率を示したのに対し、学生グループはおよそ30%ほどしか正解できなかったというデータがあります。

この差は約20ポイントほどあり、錯覚課題においてはかなり大きな意味を持つ数値です。

エビングハウス錯視
エビングハウス錯視 / Credit:wikipedia

また放射線科医たちは、周りの図形によってサイズ感が歪んで見えてしまう3種類の錯覚(エビングハウス、ポンゾ、ミュラー・リヤー)で、総じて学生グループよりも高い正答率を示しました。

一方、図形の「向き」が錯覚を生むシェパードのテーブルでは、両グループに大きな差は見られませんでした。

つまり「不要な文脈」や「紛らわしい線」を無視して狙いどころを見抜く訓練が、錯覚に惑わされにくい目を育てている可能性が示唆されます。

本研究は、「ある分野で習得した集中力や文脈の取捨選択の技術」が、広く「錯覚を克服する力」として働く可能性を提示し、私たちの「見る力」がどこまで伸ばせるのか、新たな扉を開いたといえるでしょう。

専門技術は「真の視覚力」を生むのか:脳トレーニングが描く未来

今回の結果から見えてくるのは、「特定の専門分野で培われた視覚スキル」が、思いのほか汎用的に働く可能性です。