明治時代の盆踊り禁止令を見ていくと、どうも「ただ踊ること」だけが問題視されたわけではないとのことです。

禁止理由は主に2つありました。

1つは、若者や子供が踊りに夢中になりすぎて仕事をしなくなるという社会的問題

もう1つは、盆踊りが地域の風紀を乱すという道徳的問題です。

では、具体的にどのような行為が禁じられたのでしょうか。

一、男女が集まること

一、裸体や奇妙な格好をすること

一、楽器を打ち鳴らすこと

一、町中を踊り歩くこと

……なんというか、現在の盆踊りとはずいぶん様子が違うように思われます。

「裸体や奇妙な格好」とは何を指すのかと考えれば、江戸時代には仮装の習慣があり、男が女装し、女が男装することもあったとのこと。

これが奇妙であるかどうかは見る人次第ですが、少なくとも当時の役人たちは「とんでもない風紀の乱れだ!」と憤慨した模様です。

この「男女が集まり、楽器を鳴らし、踊り騒ぐ」という要素を持つ催しを禁止した例として、秋田県、和歌山県、栃木県、小倉県(現・福岡県)、岐阜県、愛媛県などの禁止令が残っています。

これらの地域では、盆踊りの場が「男女混合」することで「すこぶるわいせつ」であるとされたのです。

実際、盆踊りがどのような場であったのかを知るには、田山花袋(たやまかたい)の『田舎教師』の一節を見てみるのがいいでしょう。

「盆踊りのある処は村の真中の広場であった。人が遠近からぞろぞろと集まってくる。樽拍子の音が揃うと、白い手袋を被った男と女が手をつないで輪をつくって、調子よく踊り始める。……男は皆一人ずつ相手をつれて歩いている。猥褻(わいせつ)なことを平気で話している。世の羈絆(きはん、足手まといとなる身辺の物事)を忘れて、この一夜を自由に遊ぶという心持ちが四辺に充ち渡った。」

なんとも楽しげな光景ではないでしょうか。

また盆踊りは単に男女が出会う場というだけではなく、そこで乱交をすることもありました