その意味で、地方創生の本質について、もっと丁寧な説明が必要となるだろう。

政府が地方創生を謳ったところで、地方がそれに準じるわけではない。石破茂はしきりに「楽しい日本」を取り上げ、地方が楽しくなければ地方の活性化は進まないと言うが、そもそも経済の底辺を支える個人消費が進まないのは、働いて賃金を得る素地が出来ていないからだ。少なくともその手取りを上げることを妨げているのが、時代遅れの「103万の壁」「130万の崖」であることは明白だ。

自民党は、予算を通す為に「103万の壁」に対して新たなカードを準備しているとする見方もあるが、それは国民生活を政争の具に仕立ててしまっているとも言える。また、地方創生を言いながら、ガソリンのトリガー条項の問題にも踏み込もうとはしない。つまり、即効性が無いのだ。

政治にビジョンを持つことは確かに大事だが、政治はイメージが大きく先行する。旧民主党が政権交代を果たしたのも、閉塞感のある日本経済と日本社会を変えてくれるかとの期待感であり、旧民主党が増税をバーターに自民党に負けたのも、国民の期待への裏切りの表れだ。同時に、旧民主党の場合、あまりに杜撰な政権運営が仇となって、反対に安倍政権への期待によって、経済に関わる数字も大きく向上した。

加えて、安倍晋三元総理への期待もあった。結果、7年以上にわたる長期政権を実現できたのであって、そこには、国民の期待を「裏切らない」総理大臣だと国民が思ったからこその長期政権だった。では、今の石破茂にそれがあるだろうか?

国民は言葉だけの「楽しい日本」などどうでもいいと思っている。本当にそういう日本であるかどうか?或いは総理が本当にそのような明るい未来を見通せる政権運営が可能か?を見ているのだ。

以後、

続きはnoteにて(倉沢良弦の「ニュースの裏側」)。