事実として、1939年にヒトラーがポーランドにまで侵攻するのを見て、宣戦布告をしたイギリスとフランスは、瞬く間に戦場でドイツに駆逐されてしまった。ドイツとの戦争は簡単なことではないというチェンバレンの考えは、間違っていなかった。ヒトラーを強く憎んで一切の交渉を断ってさえいれば、第二次世界大戦を防げた、と考えるのは、非現実的である。

そもそも「ウクライナは勝たなければならない」主義の方々であっても、「アメリカは参戦すべきだ、欧州諸国とともに日本も戦争に参加するべきだ」と主張しているわけではない。ロシアとの戦争が、少なくとも簡単なものではないことを、知っているからである。

それにもかかわらず、「ウクライナは勝たなければならない」とだけ主張することは、どういうことだろうか。1938年のチェンバレンに「チェコスロバキアはドイツと戦争をして勝たなければならない」と主張させることに等しいだろう。チェンバレンが、そのような主張をしなかったのは、「宥和政策」をとりたかったからではなく、そのような主張の非現実性を自明視していたからである。

第二に、1938年のミュンヘン会談の最大の問題性は、交渉によってチェコスロバキアの領土割譲を正式に確定させようとしたことである。これは国際連盟規約に反する行為であった。現代であれば、国連憲章違反である。

トランプ大統領は、停戦は語っているが、領土割譲を正式に宣言せよ、とウクライナに迫っているわけではない。停戦というのは、ある程度の領土の帰属に関する認識を曖昧にしながらも、まずは達成してみようとする試みのことだ。そうでなければ、北方領土問題を抱える日本がロシアと戦争をしていないのは、国連憲章違反だ、ということになってしまう。

第三に、1938年の「宥和政策」が1939年のポーランド侵攻を招いた、と仮定しよう。それは「宥和政策」が、ヒトラーの心理に甘えを抱かせたからだ、という仮定によって成り立つ主張である。