フィンテックは実業家としての原点

 一見して新規参入のような動きだが、マスク氏にしてみれば力を蓄えて起業家としての原点に戻ってきたということだろう。フィンテック事業はマスク氏にとって、一度は敗れた夢だ。1999年にX.comというオンライン銀行を設立し、翌2000年に競合企業と合併して生まれたのがPayPalだ。創設に関わったペイパルマフィアでありながら、CEOを退任した。

 2022年にTwitterを買収し「X」に改め、その唐突感から混乱を生んだ。しかし、実は2017年にドメイン「x.com」をPayPalから買い戻しており、周到に準備を進めていたことが分かる。

 マスク氏は以前から、中国テンセントが開発したWeChatが提供するサービスへの高い関心を口にしている。xMoneyは、XをWeChatのようなサービスにする一環だろう。WeChatは、ソーシャルメディアであり、通信ができて、料金の支払いや役所の手続きまで可能だ。日本のLINEは通信アプリから始まり多機能化が進んでいるが、WeChatはさらに上を行っており裁判にも使えてしまう。ユーザー数は10億人以上で、中国のほぼ全人口が使っている計算だ。

 アメリカはIT先進国だが、ソーシャルメディア(例:Facebook)、通信アプリ(例:WhatsApp)、決済アプリ(例:PayPal、Apple Pay)と機能が分離して発展しており、WeChatのように何でもできてしまう「スーパーアプリ」はまだない。

 何かと奇抜なことをして世間を騒がせているマスク氏だが、事業の長期的な動きを点と点で結んでいくと、マスク氏の壮大な構想の全貌が浮かび上がってくる。xMoneyは、マスク氏にとって20数年前の忘れ物を取りにきたかたちだ。将来、私たちはマスク氏の「X経済圏」で暮らすことになるのかもしれない。