科学者たちは量子コンピューターを使った「テレポーテーション」に成功した。しかし、これはSF映画のような物理的な転送ではなく、情報を瞬時に移動させる技術である。この革新的な研究が、人間の転送を可能にする未来への一歩となるのだろうか。
量子コンピューターの「テレポーテーション」
オックスフォード大学の研究者たちは、2台の量子コンピューターを接続し、それらを1つのシステムとして機能させる方法を開発した。この技術の鍵となるのが「量子テレポーテーション」だ。
量子テレポーテーションでは、物理的な移動は発生せず、量子情報が瞬時に伝達される。これは、量子コンピューターが持つ「量子もつれ」と呼ばれる特性を利用したもので、遠く離れた2つの粒子が瞬時に影響を及ぼし合う現象に基づいている。
量子コンピューターは従来のコンピューターでは処理できない膨大なデータを扱うが、それには数百万の量子ビット(qubit)が必要とされる。しかし、1台の量子コンピューターにこれほど多くの量子ビットを搭載することは現実的ではない。そこで、研究者たちは複数の小型量子コンピューターを接続し、それらを一つの大規模システムとして機能させる手法を開発したのだ。
今回の研究では、量子プログラムの基礎となる「論理ゲート」のテレポーテーションに成功した。これは、複数の量子コンピューターが単一の大規模なシステムとして協調して動作するための重要なステップとなる。
量子テレポーテーションの進化とその可能性 量子テレポーテーションの概念は1993年に理論的に証明され、1998年には光子(フォトン)を利用した実験が成功している。そして、2020年には電子のテレポーテーションの可能性も示唆された。
量子もつれの仕組みを利用することで、離れた量子ビット同士が「同期」し、情報を即座に共有することができる。これは、量子コンピューター同士の通信手段としても応用される可能性があり、将来的には「量子インターネット」の基盤技術となることが期待されている。
科学者たちはこれを応用し、量子コンピューターを地球規模で結びつけることで、現代のスーパーコンピューターでは解決できないような複雑な問題を解決できる可能性があるとしている。
人間のテレポーテーションは可能か? では、この技術が人間の転送につながる可能性はあるのだろうか。
理論的には、人間の体を構成する約10の27乗個の原子と、それぞれの量子状態を完璧に再現できれば、人間のテレポーテーションも可能になるかもしれない。しかし、これを実現するには膨大な計算能力と完全な精度が必要となる。
さらに、「不確定性原理」によって、粒子の位置と速度を同時に正確に測定することは不可能である。このため、仮に人間のテレポーテーションが実現したとしても、完全なコピーを作ることは理論上不可能とされている。例えば、転送後の自分が「以前の自分」と全く同じ意識を持っているのかという問題が浮上する。
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また、物理学者ポール・デイヴィスは、テレポーテーションが物質の移動ではなく、「情報の移動」に過ぎないことを指摘している。もし量子コンピューターが飛躍的に進化すれば、人体の完全なデータをスキャンし、送信することができるかもしれない。しかし、それは現在の物理法則では完全に再現することができないため、テレポーテーションというよりも「複製」に近い技術となる。
2022年のノーベル物理学賞を受賞したジョン・クラウザー博士は、「もし箱の中に入ることで、自分の全ての原子が分解され、別の場所で再構成されると言われたら、それは『自分自身』なのか? 私ならその箱には絶対に入らない」と述べている。