「社会性報復」とは「社会への報復」を意味する。「報復社会」とも言う。一連の事件の背景には中国経済の低迷による若者の失業率の高さ、不動産投機の失敗などにより、先行きが見通せない著しい不安感がある。

中国は本来、数億個の監視カメラや官憲による厳しい監視社会であり、SNSへの投稿も検閲される徹底した言論統制下にある。新型コロナウィルスによる大規模ロックダウンにより、中国はいち早くパンデミックから離脱したと言われたが、その間の厳重な隔離は多くの者に虚無感さえ与えた。

また「閉塞感」とは明らかに発生している課題に対して何か心配があったり、不安があったりするというよりも、何となく将来に希望を見出せない場合や「いずれやって来るのではないか」という漠然とした不安などの感情を指す。

中国社会においてはそうした「閉塞感」があるため、社会生活を営む人々が希望や夢を持ち得ず、何となく不満と不安を抱かざるを得ない状況となっている。

全体主義国家が陥る社会

政治哲学者ハンナ・アーレントは著書「全体主義の起源」の中で、「全体主義は国家ではなく、大衆運動である」と定義し、「全体主義運動は自らの教義というプロクルテスのベッド(ギリシャ神話の故事、容赦ない強制や杓子定規の意味)に世界を縛り付ける以前から、一貫性を具えた嘘の世界を作り出す。この嘘の世界は現実そのものよりも、人間的心情の要求に遥かに適っている」と述べた。

つまり、不安と恐怖に苛まれた大衆は全体主義が構築した空想世界に逃げ込んで安堵感を得る。それは現実を自分たちが見たいものに変化させてくれる虚構の世界である。

全体主義体制においては単一政党や国家の諸機関の間に競合や対立が日常的に生じる。軍や警察をはじめとする各種の行政や経済管理の分野で同一領域に複数の党機関や行政機関が設立されて争いを繰り広げる。通常の国家体制において存在していた権限配分や役割分担は解体される。効率的な行政や権力の相互抑制はなく、指導者を取り巻くリーダーの権力争いが混乱に拍車を掛ける。