つまり、「音楽を使って、呼び起こされた記憶に感情的な上書きをする」という仮説を提案したのです。
この仮説は、既存の「記憶は再生時に更新される」という理論を基盤にしています。
この理論によれば、記憶は再生されるたびに一時的に不安定な状態になり、新しい情報や感情的要素が加えられる可能性があるのです。
では、音楽はそのような可能性を秘めているのでしょうか。
研究者たちは、この仮説を検証するために、実験的に調べました。
音楽は過去の記憶に伴う感情を変化させる
研究チームは、44名の学生を対象に3日間にわたる実験を行いました。
まず1日目は、参加者に感情的に中立な短い物語を覚えてもらいました。
この”中立的な記憶”を基盤にすることで、音楽が記憶に与える影響をより明確にするためです。
そして2日目、参加者は物語を思い出す際に、ポジティブな音楽、ネガティブな音楽、または無音のいずれかの条件下で再生しました。
ここで使用された音楽は映画のサウンドトラックであり、感情を引き出す力が高いものが選ばれました。
最終日には、再び音楽なしで物語を思い出してもらい、その内容がどのように変化したかを分析しました。
加えて実験中にはfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を使って脳の活動を観察し、どの部位がどのように関与しているかを調べました。
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その結果、ポジティブな音楽を聴きながら物語を思い出した場合、その記憶がよりポジティブな感情要素を含むようになり、逆にネガティブな音楽を聴いた場合はネガティブな感情が付加されていることが分かりました。
しかも、これらの変化は翌日になっても持続し、たとえ音楽を聴いていなくても、感情は残っていました。
音楽が記憶に与える影響が一時的なものではないことが明らかになったのです。
さらに、脳の活動データから、音楽を伴う記憶再生時に扁桃体と海馬、さらには視覚や情報処理に関与する領域の結びつきが強化されていることが確認されました。