アムステルダムのゴッホ美術館では、印象派の誕生150周年を記念するVive l'impressionnisme!展が開催されています。
クロード・モネやカミーユ・ピサロ、エドガー・ドガ、ポール・セザンヌ、オーギュスト・ロダンなどのオランダに所蔵のフランス印象派の作品が一堂に集まっています。
印象派の作品がオランダ美術界にどのように受容されていったのかを紹介しています。
世界最大のフィンセント・ファン・ゴッホのコレクションと合わせて、ぜひ印象派の世界を満喫してください。
世界最大のゴッホコレクション
<Photo:Jan Kees Steenman>
ゴッホ美術館 (Van Gogh Museum)は、アムステルダムの中心部に位置するミュージアム広場(Museumplein)にあります。
世界最大のフィンセント・ファン・ゴッホ (1853-1890) のコレクションを誇り、200点以上の絵画や500点以上のデッサン、約700点の手紙が収蔵。
2017年の来館者数は約230万人にのぼり、2018年にはオランダで最も訪問者数の多い美術館になりました。日本からも毎年多くの観光客が訪れています。
ゴッホ美術館ではゴッホの作品にとどまらず、ポール・ゴーギャン (1848-1903) やカミーユ・ピサロ (1830-1903)、クロード・モネ (1840-1926) といった印象派やポスト印象派の画家による作品も展示されています。
さらに、19世紀を中心とした近代美術に関する特別展も開催しています。
<Photo: Michael Floor>
印象派150周年のお祝い
2024年は印象派誕生から150年を迎える特別な年です。ゴッホ美術館では印象派150周年のお祝いとして、2024年10月11日から2025年1月26日にかけて、Vive l'impressionnisme! (印象派万歳!)展が開催されています。
カミーユ・ピサロやエドゥアール・マネ、エドガー・ドガ、アルフレッド・シスレー、オーギュスト・ロダンなど、オランダに所蔵されているフランス印象派の作品が一堂に会し、1874年にパリで結成した印象派が、オランダの美術界にどのように受容していったのかを紹介しています。
クロード・モネの『ポピーフィールド』や、ポール・セザンヌの『サント=ヴィクトワール山』といった名画をはじめ、印象派のパステル画や版画、デッサン、彫刻など、多彩なジャンルの作品がオランダ国内の美術館や個人コレクションから集められました。
この大規模なVive l'impressionnisme! 展は、ゴッホ美術館をはじめ、クレラー・ミュラー美術館やアムステルダム国立美術館、アムステルダム市立美術館、デン・ハーグ美術館、シンガー・ラーレン美術館などオランダ国内10の美術館によるコラボレーションによって実現したものです。
オランダに差し込んだ光
Vive l'impressionnisme! 展の最初には、印象派がオランダの絵画に与えた影響を象徴するように、ゴッホの2枚の絵画が展示されています(上写真)。
オランダのヌエネンで1884年に描かれた「秋のポプラ並木」は写実的で色調も茶色がかっていますが、1887年にパリで描かれた「花開いたクリの木」は、明るい色彩で、躍動感のある筆使いに変化しています。
<1960年代から70年代のハーグ派の風景画>
フランスで印象派が起こった頃、オランダではハーグ派と呼ばれる画家たちが活躍していました。バルビゾン派に影響を浮けたハーグ派の画家たちは、風景を忠実に描写するのではなく、その瞬間の雰囲気を表現しようと、素早い筆致で自然の姿を描きました(上写真)。
くすんだ色合いを多用し、「灰色派」とも呼ばれたハーグ派の作品を眺めていると、パリからやってきた鮮やかな色彩の印象派が、オランダの美術界にとっていかに革命的だったかを想像できます。
マネの海景画やモネがオランダで描いた風景画には、新しい時代の明るい光が満ちています。(1.2.3.の写真)
- クロード・モネ『デン・ハーグ近郊のチューリップ畑』1886年, カンバスに油彩, ゴッホ美術館(アムステルダム)
- クロード・モネ『ザーンダム近郊の風車』1871年, カンバスに油彩, ゴッホ美術館(アムステルダム)
- 左上から時計回りに:エドゥアール・マネ『ブローニュ=シュル=メールの桟橋』1868年, カンヴァスに油彩, ゴッホ美術館(アムステルダム)/エドゥアール・マネ『帆船とカモメ』1864年, カンバスに油彩, John & Marine van Vlissingen Fine Arts(ザイスト)/クロード・モネ『プールヴィルの漁網』1882年, カンヴァスに油彩, デン・ハーグ市立美術館/クロード・モネ『フィッシングボート』1885年, カンバスに油彩, John & Marine van Vlissingen Fine Arts(ザイスト)
変わりゆく光を描いた風景画
Vive l'impressionnisme! 展では、140点にのぼる作品が2フロアにわたって展示されています。最初のフロアでは、マネやモネ、ピサロ、シスレー、セザンヌ、ギュスターヴ・カイユボットの風景画を思う存分に堪能することができます。
印象派の画家たちは屋外の明るい陽射しの中で、光や影の変化を捉えました。キャンバスに描かれた軽やかな筆致は、まるで命を吹き込まれたかのように躍動感にあふれています。
- カミーユ・ピサロ『虹のある風景』1889年, シルクに鉛筆と水彩, ゴッホ美術館(アムステルダム)
- アルフレッド・シスレー『モレの水車』1883年頃, カンバスに油彩, ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館(ロッテルダム)
- クロード・モネ『ポピーフィールド』1881年, カンバスに油彩, ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館(ロッテルダム)
- アルフレッド・シスレー『春の果樹園』1881年, カンバスに油彩, ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館(ロッテルダム)
ピサロの『虹のある風景』(写真1)には眩い光が溢れ、シスレーの『モレの水車』(写真2)の水面はきらめき、モネの『ポピーフィールド』(写真3)からは花の香りが漂うようです。シスレーの『春の果樹園』(写真4)には、故郷のサクランボ畑やリンゴ畑の匂いを思い出しました。
- クロード・モネ『プールヴィル近郊の崖』1882年, カンヴァスに油彩, トゥエンテ国立美術館(エンスヘーデ)
- クロード・モネ『ヴァランジュヴィルの漁師の小屋』1882年, カンヴァスに油彩, ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館(ロッテルダム)
- クロード・モネ『モナコ近郊の崖道』1884年, カンヴァスに油彩, アムステルダム国立美術館
- クロード・モネ『バラに囲まれた家』1925~1926年頃, カンヴァスに油彩, アムステルダム市立美術館
モネやセザンヌの風景画を制作年代順に鑑賞すると、光を描いた風景が次第に輪郭を失い、抽象的な表現へと発展していく様子も見ることができました。(上の写真)
アカデミーの伝統や古典的な技法を打破し、新しい視点で世界を描いた印象派が、新印象派やポスト印象派、フォービズム、キュビズムといった後の芸術運動の先駆けとなったことがよくわかります。
19世紀のインスタグラム
もう1つのフロアには6つのブースが並び、肖像画や静物画など、テーマごとに作品が展示されています。油彩や水彩、デッサン、パステル、版画、彫刻など、さまざまな作品を見比べながら、印象派の多彩な技法に触れることができます(上写真)。
- ベルト・モリゾ『バルコニーのジュリー・マネ』1884年, 紙にパステル, ゴッホ美術館(アムステルダム)
- エドガー・ドガ『3人の踊り子』1889年頃, 紙に木炭とパステル, John & Marine van Vlissingen Fine Arts(ザイスト)
- マリー・ブラックモン『バドミントン』1879年, ファイアンス焼, 個人蔵
- ピエール=オーギュスト・ルノワール『カフェ』1877年頃, カンヴァスに油彩, クレラー・ミュラー美術館(オッテルロー)
- ピエール=オーギュスト・ルノワール『道化師』1868年, カンヴァスに油彩, クレラー・ミュラー美術館(オッテルロー)
印象派の画家たちは、神話や歴史などの古典的なテーマから離れ、日常の風景を多く描きました。
モリゾはバルコニーで外を眺める娘を描き(写真1)、ドガは舞台裏のバレリーナを繰り返しスケッチしています(写真2)。ブラックモンは絵皿のモチーフに、バドミントンやコンサート、動物園で象に餌をやる様子など、パリの中流階級の新しいレジャーを選びました(写真3)。
ルノワールの『道化師』では、ファッショナブルなパリの群衆が細部に至るまでこだわって描かれ(写真5)、『カフェ』に登場する二人の女性も、肌やフリルまで繊細に表現されています(写真4)。
生き生きと描かれたそれらの絵画を眺めていると、まるでインスタグラムを覗いているかのような気持ちになりました。
彫刻に秘められた深い感情
Vive l'impressionnisme!展には、印象派の彫刻も数多く展示されています。最初のフロアにはロダンの彫刻7体が並び、圧倒的な存在感を放っています(上写真)。
- オーギュスト・ロダン『ジャン・デール』1884~1886年(鋳造年不明), ブロンズ, アムステルダム市立美術館
- オーギュスト・ロダン『悲嘆』1882年頃(1930~1937年頃鋳造), ブロンズ, シンガー・ラーレン美術館
- オーギュスト・ロダン『日本人の踊り子・女優 花子』1907~1908年頃(鋳造年不明), ブロンズ, シンガー・ラーレン美術館
とりわけ胸を打たれたのは、ロダンが1888年に制作した群像彫刻『カレーの市民』のうちの1体である『ジャン・デール』です(写真1)。
ジャン・デールは、エドワード3世がカレーの町を征服した際、町が助かるように人質として自らを差し出した6人の市民のうちの1人で、その姿には確固たる意志が感じられます。
ずっしりとした町の鍵を持つ両手や、刑場への道を踏みしめる足、さらにはその爪までもが大きく力強く彫られ、首から垂れる縄にさえ力が漲っているように感じられました。
- エドガー・ドガ『14歳の小さな踊り子』18801882年(1922年鋳造), ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館(ロッテルダム)
- エドガー・ドガ『座って左の腰を拭く女性』1896~1921年頃, ブロンズ, ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館(ロッテルダム)
- エドガー・ドガ『浴槽』1889年頃(1919年以降に鋳造)ブロンズ, アムステルダム市立美術館
2つ目のフロアの中央では、ドガの『14歳の小さな踊り子』が訪問者の視線を集めていました(写真1)。モデルとなった少女マリーは貧困家庭に育ち、お金を稼ぐためにバレリーナとなりました。痩せた身体でポーズをとり、その顔には苦痛さえ感じられます。
1881年の発表当時、蝋で造られた身体には本物のコルセットやチュチュが着せられ、人の髪のかつらがつけられていたことから、表現が写実的すぎると痛烈な批判を浴びました。ドガはこれ以降、彫刻を発表することはなく、『14歳の小さな踊り子』は、彼が生前に唯一発表した彫刻作品となりました。
今回展示されているのは、ブロンズで造られた28点のレプリカのうちのひとつで、チュチュと髪につけられたリボンのみが布製です。レプリカとはいえ、いたいけな少女の姿には悲しみが漂い、胸が締め付けられる思いがしました。
Vive l'impressionnisme!展の最後にある、女性の入浴をテーマにしたブースにも、ドガの彫刻3点が展示されています(写真2.3)。
ドガの死後、彼のアトリエでは、踊り子や入浴する女性、馬などをテーマにした数多くの蝋の彫刻が発見されました。『座って左の腰を拭く女性』や『浴槽』は、蝋の彫刻を元に鋳造された貴重な彫刻作品です。
まとめ
<ゴッホ美術館の常設展 Photo: Jelle Draper>
アムステルダムのゴッホ美術館で開催されている、Vive l'impressionnisme!展をご紹介しました。
Vive l'impressionnisme!展で印象派の理解を深めた後、常設展のゴッホの作品を鑑賞すると、その作風の変遷が一層興味深く感じられると思います。特別展と常設展は、同じチケットで鑑賞できます。
また、ゴッホ美術館のYoutube公式アカウントでは、Vive l'impressionnisme!展のバーチャルツアーが公開されています。
<バーチャルツアー>
さらに、会場に掲示されているテキストや各作品のサムネイル画像、キャプションは公式サイトからダウンロード(PDF, 英語)できます。オンラインで展覧会の雰囲気を味わい方におすすめです。
Vive l'impressionnisme! 展 2024年10月11日~2025年1月26日
- ゴッホ美術館 Van Gogh Museum
- 所在地:Museumplein 6, 1071 DJ Amsterdam
- 電話番号:+31 (0)20 570 5200
- E-mail:info@vangoghmuseum.nl
- 開館時間:2024年12月1~20日 9:00~17:00(金曜日は21時まで) 21日~23日 9:00~18:00, 24日~26日 9:00~17:00, 27日9:00~21:00, 28日~30日9:00~18:00, 31日9:00~17:00
- 定休日:無し
- 入館料:大人22ユーロ(2025年1月1日から24ユーロ), 17歳以下無料, ミュージアムパス無料
- アクセス:アムステルダム中央駅よりトラム5番または12番で約15分Museumplein下車徒歩1分
※営業時間は月ごとに異なりますので、2025年の詳細については公式サイトをご確認ください。
※施設の詳細やアクセス方法などの掲載内容は2024年12月時点のものです。最新情報については、必ず公式サイトなどでの確認をお願いいたします。
文・写真・Kayo Temel/提供元・たびこふれ
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