『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』
学生にとって、共産主義革命や社会主義革命といった左翼思想は、頭の体操だからこそ楽しいし、何だか自分が賢くなった気になれるのだ。良い例が、三島由紀夫が東大全共闘の学生と討論した記録だ。
観念論に陥りつつあった全共闘の学生たちに対して行動を優先せよと説く三島由紀夫に対し、芥正彦は知性こそが開放であり前衛でありその表現としての全共闘だと説いた。実は、この唯物論的知の探究こそが現在の東京大学教養学部にも営々と引き継がれている「伝統」であって、かの有名な『知の三部作』は、まさに芥正彦が目指した知の探究そのものではないか?と思える。
『知の技法: 東京大学教養学部「基礎演習」テキスト』
この観念論、言い換えれば唯物史観の行き着いた先が全共闘(全学共闘会議)であり、東大を中心とした学生運動の起源だとも解釈できる。
私個人としては、人間の変革や革命に向かう道程として最初に演劇を位置付け、改革開放の端緒とした芥の考え方こそ、現実への逃亡ではないのか?という疑義はある。あるが、しかし、芥が東大全共闘の精神的支柱たり得たのもまた、彼の知への探究によるところだと認めないわけにはいかない。高齢になってさえ、情熱と探究心を失わず、表現者であり続ける芥の言葉には、それこそ三島由紀夫と同時代を生きた者としての矜持と熱を感じる。
東大全共闘時代、その精神的支柱だった芥正彦を、当時、どれだけの東大生が理解していたかはさておき、今の中国共産党の紀元節となった李漢俊や毛沢東のような「学生」は、東大における社会主義への論争に対して目から鱗であったことも事実だろう。
中国大陸は殺戮の歴史であって、その殺戮の根底に権力者がいたのだから、共産主義、社会主義といった権力者が存在しない社会の実現は、中国人すべての悲願だったのかもしれない。何せ、権力者に逆らえば、血族全てが殺されるなど当たり前だったのが、中国史であり、人類史の中で、その残酷さにおいて比肩するものがないと言われる中国だ。その歴史の末裔だった人々が、共産主義や社会主義を賛美したのは、当然と言えば当然だろう。
『徳田本電子版 全訳資治通鑑』
三島由紀夫は、いみじくも、東京大学900番教室で「君たちの熱量は信じる」と表現し、開放とは何か?革命とは何か?を探究し続けている全共闘の学生への一定の支持を示した。全共闘の学生の中には、三島由紀夫は右翼であり、アメリカに迎合する日本のブルジョワジーの旗手と忌み嫌いながら対立姿勢を鮮明にする者もいたが、三島由紀夫が語る言葉に共感する者も多かったのは事実だろう。
今更、こんな古い話を持ち出して何を言いたいかというと、東京都知事選への無関心が、つまりは民主主義の終わりであってはならないということだ。
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続きはnoteにて(倉沢良弦の「ニュースの裏側」)。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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