国際司法裁判所(ICJ)では、外務省出身の小和田恒判事を除けば、現職の岩沢雄二判事を含めた歴代の三名の日本人判事は、大学の学者である。国際海洋法裁判所も、歴代の日本人判事は、学者と外交官だ。実務で国際法を扱わない法務省系の人材にとっては、赤根判事は類まれな逸材であると言える。

赤根判事は、第六代のICC裁判所長になる。前任者は、カナダ、韓国、アルゼンチン、ナイジェリア、ポーランドの出身者である。ICCは国際機関としてポストの地域配分に配慮をする。

所長としての赤根判事を補佐する二名の次長は、欧州のイタリア出身の判事とアフリカのベナン出身の判事だが、異なる地域出身の判事三名で所長・次長二名を構成するパターンは、過去ほぼ一貫して踏襲されてきている。

所長職は、地域ローテーションで、これまで欧州(西欧[北米で唯一の加盟国のカナダはこのグループに属する])、アジア、中南米、アフリカ、欧州(東欧)と回ってきていたので、今回の改選ではアジア出身者の所長就任が有力であった。ICCの124加盟国の中で、「アジア太平洋」グループに属する諸国は19しかなく、ほとんどが小国だ。

18名の判事の中で「アジア太平洋」出身は、3名である。ただし残り二人は、すでに所長経験済の韓国の判事と、昨年末に選出されて判事に就任したばかりのモンゴル出身の判事だ。順当にいけば、赤根判事の就任が確実であった。

赤根判事の判事就任は、2018年3月で、私がICCにVisiting Professionalの肩書をもらって出入りしていた時期の直後であった。すれ違いのようだが、赤根判事の極めて実直で学究的なお人柄は伺っている。過去6年間にわたりICC判事としての職務も、極めて堅実にこなしてきた。

ただし、就任当初に、大きな試練があった。設立以来、アフリカ人ばかりを捜査しているとアフリカ諸国に糾弾され、アフリカからの加盟国の脱退騒ぎが起こっていた直後、当時のベンスーダ主任検察官は他の地域の犯罪捜査を矢継ぎ早に開始しようとした。その流れの中で、2017年11月、ベンスーダ主任検察官は、アフガニスタンの捜査の開始の許可を裁判部に要請した。

当時のアフガニスタンは、まだ戦争の真っただ中の状態であった。治安上の理由から、捜査は不可能と思われた。それを判断する辛い仕事にあたったのが、第二予審部を構成する三名の判事であった。めぐりあわせから、就任直後の赤根判事は、その一人となってしまっていた。

そして2019年4月、赤根判事を含む第二予審部の三名の判事は、検察官のアフガニスタンにおける戦争犯罪の捜査の開始の許可の要請を、却下した。理由が、法律的には説明されたとは言えない。ICCには限られた資源しかない、といった表現で描写されただけであった。

これに検察部だけでなく、設立からICCを応援してきたNGOなどが一斉に反発した。アメリカの政治圧力に屈したと糾弾する者なども現れた。赤根判事の名前は、ICC批判の文脈の中で頻繁に言及されることになった。辛い時期であったと言える。

結局、約一年後の2020年5月、上訴審に移った審議の結果、検察官の要請は認められて、アフガニスタンは、ICCの正式な捜査対象となった。赤根判事を含む第二予審部の判断が、他の判事の決定によって、覆されたのである。

その後、アフガニスタンでは、2021年8月にアフガニスタン共和国政府が崩壊し、タリバンが権力を奪取するという事態が起こった。本来は捜査対象であったタリバンが実効統治する体制になり、ICCの捜査は、いよいよ実態として不可能な状態になった。

ICCのアフガニスタンに関する捜査が、ほぼ開店休業状態になっていることは、自明である。赤根判事ら第二予審部の判断は、裁判所としては政治的な事態に直面して妥協を強いられた辛いものだったが、実態としては現実に即したものであったことは否定できない。

今回の赤根判事の所長就任の機会に、こうしたICCの持つ特殊な性格とともに、重要な職務を全うしているその他の日本人職員にも注目が集まれば、とも思う。

800人以上と言われるICC職員の中で、日本人職員は20人にも満たないと言われる。財政貢献15%に対して、職員数は約2%といった残念な状況だ。理由の一つは、国際裁判所で実務にあたる準備のある日本の法曹界の人材が不足していることではあるだろう。

しかし実際には、書記局で政務系の分析をするセクションの長が日本人であることをふまえても、幅広い人材がICCでキャリアを磨くことができる可能性がある。現実に根差して、自然に幅広い視点で見ていくことが必要だ。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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