ナワリヌイ氏はモスクワに帰国すれば、拘束されることを知っていたはずだ。ドイツに留まり、亡命先でプーチン政権打倒のために戦う道もあったはずだが、同氏はモスクワに戻った。その段階で同氏の死は予想できたことだ。にもかかわらず、モスクワに戻る選択をした背景には、プーチン政権を打倒するためには、ロシア内で国民を民主化運動に巻き込まなければ難しいことを知っていたからだろう。

人権団体メモリアルの共同創設者であり、ノーベル平和賞受賞者でもあるイリーナ・シェルバコワ氏は16日、オーストリア国営放送とのインタビューの中で、「ロシアの最も重要な反政府勢力の人物、アレクセイ・ナワリヌイ氏の死は政治的殺人だ」と指摘している。

インスブルック大学のロシア問題専門家、マンゴット教授は、「ナワリヌイ氏がどのように亡くなったとしても、それはロシア国家による残虐な犯罪であることに変わりはない。プーチン大統領がナワリヌイ氏やその他の反体制派の人物を容赦なく迫害し、虐待するのは、偏執的な恐怖のせいだ」と説明している。

ナワリヌイ氏をよく知っている知人、友人たちは異口同音に「彼は刑務所にあってもユーモアを忘れなかった」という。同氏は2021年1月22日、身柄が拘束されている警察署から弁護士を通じてメッセージを発信している。ロイター通信の記事から紹介する。

「自ら命を絶つ考えはない。念のために申し上げるが、窓の面格子で首をつったり、尖ったスプーンで静脈や喉を切ったりするつもりはない。階段は慎重に登り下りしている。彼らは毎日私の血圧を測り、まるで宇宙飛行士のように扱ってくれるので、突然、心臓発作に見舞われる心配はない。刑務所の外には多くの善良な人がおり、必ず助けが来ると分かっている」

ロシアの著名な哲学者アレキサンダー・ジプコ氏(Alexander Zipko)は独週刊誌シュピーゲル(7月8日号)とのインタビューの中で、「プーチン氏は生来、自己愛が強い人間だ」と述べる一方、「ロシア国民は強い指導者を願い、その独裁的な指導の下で生きることを願っている。ロシア人は自身で人生を選択しなければならない自由を最も恐れている」という(「『自由』はロシア国民を不安にさせる」2023年7月15日参考)。

プーチン大統領は自由を享受する欧米社会を退廃した文化と軽蔑し、(自由を恐れる)国民を強権で統治し、ロシア民族の優位性を豪語してきた。それに対し、ナワリヌイ氏は国民の覚醒を願い、3月の大統領選では「プーチンのいないロシア」を呼びかけた。しかし、ナワリヌイ氏は、ロシア人の、ロシア人による、ロシア人のための民主化された祖国を目撃することなく、極北の刑務所で47歳の若さで亡くなった。

なお、ナワリヌイ氏はアカデミー長編ドキュメンタリー賞(2023年3月)を受賞した映画「ナワリヌイ」の中で、もし自分が亡くなったらロシア国民に何をメッセージに残したいかという質問に対し、「悪なる者が勝利するのは、(それを阻止するために)他の者たちが何もしなかった時だ。だから、諦めてはならない。強く雄々しくあってほしい」と述べている。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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