このグラフは縦軸が対数目盛りなので、直線は同じ比率で伸びつづけることを意味し、実額で示せばだんだん上に向かう曲線になります。そしてその直線の勾配が徐々に急になるということは、成長率の加速を意味しています。

ところが、現実には下段で示したように1980年代初めあたりに屈折があって、それ以後の世界経済は明らかに1970年代までより低成長になっています。なぜでしょうか。私は、世界中で中央銀行が金融政策の担い手として定着したことのマイナスが大きいと思っています。

マディソンのグラフを見てもいわゆる「離陸」が起きたのは19世紀初め頃(1800年代初頭)なのですが、当時何が大きく変わったかというと、凄まじいインフレが起きては、その後これまた大幅なデフレが起きるといった大幅な貨幣価値の変動が少なくなったことです。

次の2枚組グラフの左側をご覧ください。

それまで派手な上下動をくり返していたインフレ率が、1800年頃かなり小幅に収縮します。「それこそ中央銀行制度のおかげではないか」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、当時経済発展が最も進んでいた西欧でもほとんど現代の中央銀行に似た組織はありませんでした。

右側のグラフでおわかりいただけるように、皮肉なことに中央銀行制度が整備され始めた19世紀後半から、世界のインフレ率中央値がふたたび上昇に転じてしまうのです。

しかも、今度のインフレ率の上昇は以前の乱高下と違って、毎年のインフレ率は比較的低めに保つけれども、ほとんどデフレが起きることを許さず、その結果長期的に見ると貨幣価値はじりじり下落しつづけるという特徴があります。

次の2段組グラフの上段には1960年代以降デフレを経験する国が非常に少なくなったこと、そして下段には1930年代不況を最後にアメリカはデフレを「根絶」した国になったことが描かれています。

ここで非常におもしろいのは、独立直前から連邦準備制度創設直前までの約140年間という長い期間にわたってアメリカのインフレ率は年率マイナス0.2%とほぼゼロインフレに近かったことです。

その間、アメリカが先行するイギリス、フランス、ドイツの経済に追いつき追い越すために、貨幣価値が安定していたことはプラスになることはあったにしても、マイナスでなかったのは確実でしょう。

また、連邦準備制度創設までは、白いPの字を入れた黒の六角形がひんぱんに出てきます。銀行恐慌ですが、これもまた健全な銀行を選ぶのは企業や消費者の自己責任ということになっていても経済発展にとってさしたる障害ではなかったようです。

またFed創設以降の平均インフレ率は年間3.3%ですが、これは現金を持っていると毎年3.3%ずつ価値が目減りすることを意味します。しかし、目減りした価値はだれのもにもならず静かに消えていくのでしょうか。

そうではありません。自己資金を上回る借金のできる大企業や国のような組織、そして大富豪などが巨額の借金をしてその返済負担が毎年3.3%ずつ目減りしていくことによって回収されているのです。

つまり万年インフレ経済は、貧者から富者への所得移転なのです。もっと始末の悪いことに、戦争によって生産設備が破壊され、労働力も兵士として動員される一方、軍備などの大きな資源を取られる大戦争は必然的にインフレを招きます。

そして、急激な戦時インフレ、4~5年間に70%以上、あるいは9~10年間に200%以上のインフレが起きると、その後必ず株式市場で大ブル相場が出現するという経験則があります。

借金でどうにも首が回らないほど国債を乱発してしまった国の政府にとって、インフレで国債の元利返済負担を大幅に軽減した上に、後から株式市場の活況も付いてくるというのは堪えられない魅力的な選択肢でしょう。

私は、Fedのパウエル議長が連邦政府やFed自体の大赤字も顧みずにBTFPのように金融業界の財政規律を弛緩させる救済策を続けてきたのは、いずれどこかで大戦争を起こして、戦時インフレとその後の株価暴騰ですべて丸く収まると考えていたからではないかと思います。

それが一転してBTFPの打ち切り宣言に変わったのは「現在のアメリカの経済力、軍事力を考えると、大戦争に発展した場合に負ける可能性も大きい。しかも国際世論を敵に回した孤独な惨敗で、どう考えてもあとに株価暴騰がくるとは思えない」と悟ったからでしょう。

そうでなければ、かなりの数の中小銀行とある程度は大手銀行も破綻することを覚悟で、これほどの急旋回をする理由が見当たりません。

インフレは株式市場でも富者に有利、貧者に不利に働く

次の2段組グラフはインフレ率が高いと株価の変動性は低く、また現物に対する先物のプレミアムが高くても株価の変動性は低いことを示しています。

ほとんどの株式市場参加者は、株価が上がると思って株を買います。もちろん、下がると思ってカラ売りから入る人もいますが、かなりのリスクを承知した上での少数派です。

そして、市場参加者の大部分は名目でしか価格を見ないのでインフレ率が高いほど、ほぼ自動的に株価も上がります。思惑どおりに株価が上がっている限り想定外の取引をする必要がないので株価の変動性も低くなります。

こんなところからも金融業界は慢性的なインフレを要求し、この業界が連邦政府に送りこんだ利益代表であるFedの幹部たちも慢性的なインフレを実現するために金融政策を展開するわけです。

Fedには金利や貨幣供給量をコントロールする能力はないけれども、金融環境を万年インフレに保つ能力はあるようです。

先物のプレミアムが高いほど株価の変動性が低いのも、同じ理由で将来上がると思っている人たちが安心して株を買うので、乱高下のないジリ高になるわけです。ただひとつ注意が必要なのは、インフレ率が高いと株価と債券価格が逆相関ではなく正相関になることです。

つまり、ふつうなら株価が高いと債券価格は低く、株価が低いと債券価格は高くなるものですが、インフレ率が高いときにはあらゆるモノの値段が上がるのと一緒に金融商品の値段も上がるので、正の相関になるわけです。

なぜ要注意かといえば、上がっているときだけはなく、あまりにも割高になって下がるときも一緒に下がるからです。とくに少額の資金で出発した個人投資家の場合、どこにも逃げ場がなくて、投げ売りして市場から退場ということになります。

ここでも分散投資ができるし、かなり長く続く下降期をやり過ごすことができる大口の投資家は、個人投資家が捨て値で処分した株や債券を安く買って、さらに資産を増やすことになります。

カネを借りるときだけではなく、相場を張るときにも、インフレは金持ちに有利で貧しい人に不利な金融環境なのです。

その結果、先進諸国でもとくに慢性インフレが顕著なアメリカの所得分布は、どんどん金持ちがますます豊かになり、貧乏人がますます貧しくなる構造になっています。

上段を見ると、現在アメリカで所得が下から90%に入る人たちは1970年代初めより貧しい暮らしをする一方、上から1%の人たちは当時より3.5倍豊かな暮らしをしています。

国民所得のシェアでいうと、トップ1%には20人分の所得があり、下から半分には4分の1人分の所得しかないという状態です。

さて、戦時インフレで債務や含み損の大半を踏み倒し、その後の株式ブル相場でまた儲けようという路線を放棄したFedは、次にどう出るのでしょうか。

もう自由競争の市場経済自体にも見切りを付けて、全面監視社会・完全統制経済への道を踏み出すのではないでしょうか。それが昨今また一段と具体性を高めている中央銀行デジタル通貨の提唱です。

ちょっと長くなリ過ぎましたので、その点についてはまたの機会に。

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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2024年1月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。