イスラエルが「ハマスの地下司令部がある」と主張したガザのシファ病院から、司令部とみなせる軍事施設が発見されなかったことが、大きな波紋を呼んだ。
イスラエル政府は、シファ病院を占領して一日たった時間くらいに、ようやく病院内で少数の武器が見つかった、といったことは主張した。それも後日メディアが入ったときにむしろ武器の数が増えていることが見つかるなど、不信なところが多く、いずれにせよ病院が軍事施設であったことを証明するには程遠いものであった。
さらに後に、地下からトンネルが見つかったと主張したが、そもそもトンネルの存在自体は論点ではなく(かつてイスラエルが自ら直轄管理していた時代に病院地下にトンネルを掘っていたことがわかっている)、当初の主張を裏付けるものだとまではみなされていない。その後、イスラエル政府は、広報活動も終わりにして、地下を爆破して粉々にしてしまった。

激しい攻撃が続くガザ地区 PRCS(パレスチナ赤新月社)Xより
国際人道法は、戦闘員と非戦闘員を区分し、前者に対する攻撃を問わない代わりに、後者に対する攻撃を禁止する大原則によって成立している。病院は、重要な意味を持つ文民施設であり、それが実際には軍事施設であるとの主張をするためには、相当に高いハードルを乗り越えなければならないことは当然である。そうでなければ、国際人道法は水泡に帰する。
たとえば、シファ病院にハマスの要員がいた、といった主張では、病院が軍事施設たる「司令部」であることと関係がない。仮に戦闘員であった者が病院にいたとしても、傷病者である場合には、ジュネーブ諸条約の規定に基づいて非戦闘員としてみなされる。
およそ国際法を語るのであれば、この程度のことは「原則」のレベルに属する事柄である。この国際法の考え方自体を疑うということは、ありえない。今回のシファ病院をめぐるイスラエルの攻撃をめぐっても、複数の国際法学者の方々が、そのことを確認している。
どうしても問題と考える箇所について。
①病院の軍事利用の立証責任はイスラエルにある
・立証とは常に「存在」の立証である(「不存在」の立証は不可能である)・軍事利用の確信がないときは、軍事利用されていないと推定される(ジュネーブ者条約第一追加議定書(API)52(3)) J8U
— OCHI Megumi 越智 萌 (@ochimegumi) November 22, 2023
ところが実際には、国際法の存在そのものを否定するような言説が、YouTubeなどの媒体において、はびこっている。現代では、こうした非正規メディアに情報源を頼り、しかも扇動的な発言に魅惑されやすい人々が多数存在しているため、混乱が広がっている。「国際社会の法の支配」を重視すると強調してきた日本政府の立場を考えるまでもなく、極めて由々しき事態である。
10月7日のテロがあったのだから、国際人道法など遵守していられない、といった、正面から国際法の妥当性を否定する言説も見られる。しかし言うまでもなく、敵対勢力の国際人道法違反は、自軍の国際人道法違反を免責することは決してない。こうした主張は、あからさまな国際法の否定である。
イスラエルを批判することは、ハマスの擁護と同じだ、と主張する者もいるが、国際法を否定する主張である。ハマスのテロ攻撃が国際人道法違反であったことは明白である。疑いの余地がなく、そもそも10月7日のハマスのテロ攻撃を擁護している者を見たことがない。それに対して、イスラエルについては人道法違反の免責を主張する者が、多数、非正規メディアを中心に存在している。そのため前者が論争を生んでいないにもかかわらず、後者が論争を生んでいるだけである。
イスラエルの自衛権の有無は、イスラエルの国際人道法違反行為の有無とは、関係がない。前者は、武力行使に関する法(jus ad bellum)に属する問題であり、後者は、武力紛争中の行為に関する法(jus in bello)に属する問題である。前者における合法性の確保(自衛権の行使)が、後者における違反行為を免責しないことは、絶対に逸脱することができない大原則である。自衛権行使を理由にして、国際人道法違反の免責を主張することは、あからさまな国際法の否定である。
YouTube番組「チャンネルくらら」において、倉山満氏が、病院が軍事施設ではないことを証明する義務がハマスにある、と主張し、「イスラエルに病院に司令室があることを証明する義務はない」と主張している。