10%近くの利回りは高すぎる。

筆者がトラブルが起きる前にAT1債を知ったとしたら、サギじゃないのか?と疑うだろう。海外の商品であっても10%近くの利回りはそれだけ利回りが極端に高い。

一般的に企業が発行する債券、社債は国債より利回りが高い。なぜなら国よりも会社の方が潰れやすいからだ。ハイリスク・ハイリターンの原則から、同じ国内で比較すれば国債よりも安全な社債は通常存在しない。そのため国債の金利はリスクフリーレート、つまり「リスクを取らずに得られる利益の上限」として資産運用の基準となる。

例えば執筆時点で、楽天証券のサイトで外国債券のページを見ると、アメリカの超大手企業の社債とアメリカの国債が並べて表示されている。

アップル、ディズニー、コカ・コーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソンと誰もが知る企業の社債利回りは概ね4%前後だ。一方でアメリカ国債は一番低い3.70%となっている。

格付けや債券の種類等によっても大きく変わるためかなり乱暴な比較になるものの、利回りはさきほど説明した社債の方が国債より高い、という関係になっている。いずれも格付けの高い社債であるため、国債との差はごくわずかだ。国債と社債との利回りの差を「スプレッド」と呼ぶ。

楽天グループのドル建ての社債利回りが10%を超えていて大丈夫なのか?と一時話題になったことがある。社債の利回りが高い、スプレッドが大きい理由は、デフォルト・債務不履行、つまり会社が潰れる可能性が上記のような優良企業より高いと投資家に判断されているからだ。

昨年末の時点で楽天グループの発行体格付けはアメリカの格付け企業S&PでBB(ダブルビー)とされており、これはジャンク債とかハイイールド債と呼ばれる水準だ。

楽天グループは楽天モバイルの赤字で財務状況が大幅に悪化しており、利回りが高い理由は「高い利回りを約束しないとお金を調達できないから」「投資家から見れば楽天にお金を貸すことはハイリスクだから」という説明になる。(参照・S&Pグローバル・レーティング・ジャパン株式会社 発行体格付け一覧  2023年12月31日時点)

ではクレディ・スイスはどんな状況だったのか。

クレディ・スイスの実態

クレディ・スイスがUBSに救済買収をされた2023年3月、スイスの政策金利は1.5%と低い水準にあった(執筆時点で1.75%)。前述の楽天のドル建て利回りが高い理由はそもそもアメリカの金利が高いことも影響しており、執筆時点でアメリカの政策金利は5.5%だ(日本は-0.1%)※。 ※政策金利と国債の利回り、預金金利等は異なるが、目安として提示した。

スイスの金利がこれだけ低金利でありながらAT1債が10%近い利回りを得られたということは、それだけリスクが高いことを示している。クレディ・スイスは突然UBSに買収されたわけではなく、業績悪化により格付けは下落傾向にあり、2022年末でBBB-(トリプルビーマイナス)となっていた。

2021年・2022年と2年連続で赤字、経営不安からくる多額の預金流出、株価下落、リストラ、格付けの低下、そしてこれらの原因ともなっていたコンプライアンスやガバナンスをめぐる多数の深刻なトラブル……。

これらの情報はクレディ・スイスの名前から想起される「世界中に展開する安心・安全な超大手金融機関」というイメージからは大きく乖離している。AT1債に関する投資判断は極めて難しかったとしても、このような情報はググれば簡単に出てくる。

これらの情報を組み合わせれば「クレディ・スイスのAT1債はただ劣後債だから利回りが高いわけではない、これだけ格付けが低くて不安要素が多いから利回りが高い」という投資判断も可能だったはずだ。

救済買収されたことでこれらのシグナルは結果として全て正しかった、ということになる。

「状況証拠」から判断する。

もちろん、こういった話は結果論でしかない。何も起きなければ投資家は大儲け出来たと考えれば、ハイリスク・ハイリターンの投資で損をしただけ、という見方も出来なくはない。

しかし問題は、投資家がハイリスクであることを認識していたか?ということだ。仮に筆者がこの商品を売り込まれたとしても、どのような商品か把握することは難しかっただろう。「目論見書(もくろみしょ)」といって金融商品の情報が詳しく書かれた書類を読んでも理解できなかったに違いない。現在ならGoogle翻訳で和訳も簡単に出来るが、ここまで複雑な内容は日本語でも理解できない。

売り手である三菱UFJモルガンは訴訟中としてメディアの取材にもノーコメントを貫いているが、果たして問題となった条項を把握していたのか?ということになる。これは今後裁判で明らかになるだろう。

結局は「リスクはどう判断すれば良いのか?」という事になる。

詳しい情報がわからずとも「状況証拠」として利回りが高いことは分かる。つまり「こういう理由だからこの商品はハイリスクで利回りが高い=ハイリターンんだな」という本来の順番ではなく、「利回りこんなに高いということは何か事情があるんだろう」「利回りの高さから考えて、自分がバカで分かってないだけでハイリスクな商品なんだろう」と逆算して推測することは可能だ。

「ハイリターン」ならば当然「ハイリスク」である、という極めて単純な理屈だ。

海外の超大手金融機関が10%近くの高い金利で資金調達をする状況は、月利3%とか元本保証で年間10%といった5秒で分かるサギ商品に近い危なさを筆者は感じた。もしこんな商品を三菱UFJモルガンの営業マンから売り込まれたら「なんでこんなに利回りが高いんですか?理由は?」と確実に突っ込んでいただろう。

なお、スプレッドという言葉から分かるように、この判断方法は単純な利回りの高さではなく、ローリスクで運用した場合と比べて「利回りの差の大きさ」で判断する。現在の日本で5%の元本保証は明らかにサギと分かるが、バブル期は銀行預金でこれくらいの利回りを得られた。通常は長期国債の利回りを判断基準にするが、身近なものとして銀行の定期預金を代用しても問題は無い。

新たなAT1債が発行

余談となるが、この記事を書くに当たって情報を集めていたところ、クレディ・スイスを救済買収したUBSグループがAT1債を発行していると報じるニュースを目にした。昨年11月に35億ドルを調達するにあたって10%程度の利回りで発行したという。繰り返すが、クレディ・スイスではなくUBSグループだ。

そしてUBSグループのAT1債は超のつく大人気で360億ドルも申し込みがあったと知り、ずっこけそうになった。発行額に対して10倍以上の申し込みが殺到したことで利回りは10.25%から9.25%に下がったという。ドル建てのためクレディ・スイスのAT1債と単純な比較はできないがそれでも高い。 (UBSがAT1債発行、クレディS債の無価値化後で初-需要旺盛 – Bloomberg 2023/11/8)

UBSグループの格付けは執筆時点でS&PがAー(シングルエーマイナス)をつけている。決して低くはなく、格付けの高さと利回りの高さで人気だったのだろう。当然、クレディ・スイスのトラブル後で投資家は「分かった上で」申し込んでいることは間違いない。ざっくり調べた程度だがUBSがいかに優れた金融機関か、という情報は山のようにある。

とはいえ状況証拠から判断する方法で考えると「なんでそんな優良企業が9%なんて高い利回りで資金調達してるの?」ということになる。バカな筆者はその理由が分からないので、あくまで個人の感想だがとても買いたいとは思わない。

今回のトラブルを今後の資産運用に役立てて頂ければと思う。

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中嶋 よしふみ  FP シェアーズカフェ・オンライン編集長 保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」

編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2024年1月29日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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