- アメリカ大統領選挙と日台への影響
2024年はアメリカにとっても選挙イヤーであり、11月の大統領選挙の本選に向けて両党が予備選挙で各候補者が公認争いを繰り広げている。共和党は当初4人の候補がいたものの、トランプ前大統領と元国連大使のヘイリー氏の一騎打ちとなり、予備選挙ではトランプ前大統領が勝利を収め続けている。一方で民主党の候補者選びも大方現職のバイデン大統領が候補者指名される見通しだ。
アメリカ議会では共和党内の保守強硬派でトランプ支持者、いわゆる「トランピスト(Trumpist)」が台頭している。
その背景として、共和党・W・ブッシュ政権、民主党・オバマ政権の両政権において経済対策として金融機関への公的資金注入や公共投資が行われたが、これらを公金の無駄遣いだとして反対する「ティーパーティー」を組織しようというテレビコメンテーターの発言に端を発して広がったいわゆる茶会運動がある。この茶会運動には保守系財団やインターネットを媒介として一般市民からの支援を受け、拡大した。
茶会運動の流れを汲む議会共和党内にフリーダム・コーカス(Fredom Caucus)というイデオロギー派閥が存在する。フリーダム・コーカスは保守強硬派とも称され、緊縮政策の方向性を推進し、政治的なイレギュラーを引き起こす可能性が指摘されている※5)。
茶会運動に端を発した保守強硬派の躍進は、2010年の連邦議会選挙に最初に現れた。アメリカでは各党が予備選挙を通じて正式な議会議員選挙への本指名を受けることとなる。茶会運動に支持された候補者が相次いで共和党の予備選挙を勝ち抜き、二桁の議席を獲得するに至った。
彼ら茶会運動系議員は連邦政府の緊縮を最優先に掲げているため、共和党から当選したものの党への忠誠心は薄かった※6)。そしてこれがアメリカ政治の分極・分断や決められない政治への顛落へと帰結する。
民主党・オバマ政権下で下院議長を務めた共和党・ベイナー議長は予算法案を通すにあたり、オバマケアを推進する時の政権と自党の保守強硬派との間で苦戦することとなり、政府閉鎖を瀬戸際で回避したものの、その後辞任に追い込まれる。ちなみにこの茶会運動系議員が結集し、2015年に設立されたのが既述のイデオロギー派閥であるフリーダム・コーカスである。
直近では、ケビン・マッカーシー(Kevin McCarthy)前下院議長は2022年の下院議長選挙において、共和党内のフリーダム・コーカスを中心とするトランピストたちの造反によってなかなか過半数を獲得できず、10回以上の再投票の末に下院議長に選出された。
マッカーシーはその後も民主党と超党派で協力することで政府閉鎖を防ぐなど、下院の運営に勤しんだが、2023年10月2日に共和党でフリーダム・コーカスの中心議員であるマット・ゲーツ(Matt Gaetz)議員が解任動議を提出し、民主党だけでなく共和党からもゲーツをはじめとした8名が造反し、マッカーシーは解任に追い込まれることとなった。
その後、トランピストたちは下院議長候補にフリーダム・コーカスの元会長であるジム・ジョーダン(Jim Jordan)を擁立するなどの動きを見せたが断念、マイク・ジョンソン(Mike Johnson)が10月24日に下院議長候補に指名され、のちに選出、二度目の政府閉鎖の危機を回避することができた。
このようにアメリカ議会では共和党内でトランピストの存在感が大きくなっている。というのも、トランプ前大統領は人事において個人的な選好が色濃く出るきらいにある。名前を出すことは避けるが、トランプ前大統領が2016年に共和党の大統領候補になった際には、トランプ前大統領を批判していた議員もこぞって彼を賞賛するコメントをSNSで発信するといった動きを見せた。
また共和党の予備選挙の結果を見ても、共和党支持者の多くがトランプの政策志向を支持していることがわかり、議会でトランピストが存在感を出しているのも当然の帰結といえる。実際に、2015年に設立された直後の2016年の選挙ではフリーダム・コーカスは29議席にとどまっていたが、2022年の選挙では46議席に数を増やしている。共和党全222議席のうち46議席を有するのであるから、その存在は無視することはできない。
トランピストで構成されたフリーダム・コーカスは外交においても大きな影響力をもたらすことが考えられている。マッカーシー前下院議長の解任のきっかけともなったバイデン大統領のウクライナに対する250億ドルの追加支援は、フリーダム・コーカスを中心とした共和党議員から反発を招いた。
アメリカではこのとき南部での国境管理とウクライナ支援が天秤にかけられており※7)、トランピストたちは泥沼化したロシアのウクライナ侵略について、これ以上の支援は行うべきではないと主張するようになった。いわゆるリバタリアンと称されるトランピストたちのアメリカ第一主義的な政策志向を鑑みれば、ごく当たり前な考え方といえる。
トランピストが勢力を増す中で、今年の大統領選挙でトランプ前大統領が再選した場合に考えられるシナリオはいったいどのようなものだろうか。
八木秀次・麗澤大学教授は、トランプ前大統領が当選した場合のシナリオとして、トランプ氏が中国と平和的な話し合いによって台湾を併合するとの観測を示している※8)。
トランプ氏はトランピストたちが対外支援に消極的であることと同じくして、台湾問題について関心が薄いとみられており、アメリカの商品を中国に買わせる代わりに台湾併合を平和裏に認める可能性を八木氏は指摘する※9)。
またトランプ氏は、昨年7月のFOXニュースでのインタビューで、アメリカの大統領として台湾を守るかという質問に対し、「その問いに答えたら、交渉上で非常に不利な立場に追い込まれる」「とはいえ、台湾はわれわれの半導体事業の全てを奪った」と発言しており、国務院台湾事務弁公室の陳斌華報道官は「アメリカは常に米国第一を追求しており、台湾はいつでもチェスの駒から捨て駒に変わり得る」との見解を述べた※10)。
共和党の保守強硬派の政策志向と、中国の昨今の台湾孤立化の動きを見れば、トランプ政権下において米中が平和裏に中国の台湾併合を認めるというシナリオも非現実的な話ではない。
- 世界各国で選挙イヤー:日本はどのように立ち回るべきか
2024年はロシア、ウクライナでも選挙が行われる。ロシアはともかくとしてウクライナでは戦争で疲弊した国の今後を左右する重要な選挙となる。ゼレンスキー大統領が勝つか否かで、諸外国の支援やロシアとウクライナ双方にとって戦争の妥結の仕方に大きな影響をもたらす。
また台湾での総統選・立法委員選を受けての中国の第三国に対する影響力の行使や、アメリカ政治でのトランピストの台頭を鑑みると、これらが日本に大きな影響をもたらすことは言うまでもない。中国が国際政治においてプレセンスを増し、アメリカがトランピストの主導の下でそれを欠くようなことがあれば、台湾有事のシナリオとその対応について日本が再考することは必須である。
林芳正官房長官は今年1月26日に、岸田文雄首相が国賓待遇で4月10日に訪米すると発表した。岸田首相の訪米ではバイデン大統領との日米首脳会談や公式晩餐会等が予定されている。その一方で、大統領選挙の結果が不透明であることから、対立候補であるトランプ氏への接触が求められる。2016年には「在日米軍の撤退」をカードとしていたトランプ氏に、時の安倍政権は水面下で接触し、その最悪のカードの現実化を阻止することができた。
大統領選挙を念頭に、今年1月9日から13日の日程で麻生太郎副総裁がニューヨークを訪れ、トランプ前大統領サイドと接触していたことが報道された※11)。安倍政権の際、麻生氏は副首相として例外的な首相の外遊同行などを行っていたことから、トランプ政権が再登場した際のキーマンとして重要なカギを握ることとなる。
トランプ前政権時代に日米関係を維持していた要因として、安倍元首相とトランプ氏の個人的な関係性への言及に終始することが多い。しかし安倍元首相が亡き今、政府関係者がトランプ氏、ならびにトランピストの手綱をしっかりと握ることが求められる。同時にアメリカ政治において重要な要素をなすロビイングにより注力することで、いかなる選挙結果にも備える必要がある。
実はアメリカにおける国単位でのロビイングの総額は、2022年のデータで日本は世界3位、その額およそ4632万ドルにも上る。
アメリカの大統領選の結果如何では、今まで以上に日本が世界の動向を握ることになるかもしれない。そして少なくとも台湾は、頼清徳次期総統が選出されたことによって生じた台湾断交・中国国交ドミノが続く今、最もリスクに曝されているといえる。
いわずもがな、これが台湾有事として現実化した場合、日本は看過することはできない。一部ではトランプ氏が再選した場合、日台で中国に対抗するとの議論もあるが、現実的とはいえない。
日本においては、台湾での選挙結果、きたるアメリカ大統領選の結果がどちらに転ぶにしてもこれらを踏まえ、これまで以上にアメリカの眼を世界に向けさせる努力が求められるだろう。
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※1)台湾基礎データ|外務省 (mofa.go.jp) ※2)中米のホンジュラス、台湾と国交断絶し中国と国交樹立、2017年以降中南米で5カ国目(ホンジュラス、台湾、中国、中南米) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース – ジェトロ (jetro.go.jp) ※3)毎日新聞「中国とナウルが国交樹立 台湾と外交関係維持は12カ国に」(2024年1月24日)。 ※4)親台湾の首相落選 「中国と国交」観測に拍車―ツバル総選挙:時事ドットコム (jiji.com) ※5)渡瀬裕哉『儲かる!米国政治学』PHP新書、2022年3月19日、32-33頁。 ※6)岡山裕『アメリカの政党政治――建国から250年の軌跡』、2020年10月25日、215頁。 ※7)What Zelenskyy needs to say to move the GOP – POLITICO ※8)夕刊フジ「「台湾有事」最悪のシナリオ トランプ氏が大統領復帰なら…習近平氏と取引する可能性 「併呑」認められれば日本に大打撃」(2024年1月26日)。 ※9)同上。 ※10)China Says Trump Could Abandon Taiwan If He Wins US Election – Bloomberg ※11)自民・麻生氏、訪米時にトランプ氏側と接触 大統領選視野にパイプ構築:時事ドットコム (jiji.com)
政治
2024/12/20
選挙イヤー2024:日本は世界の選挙をどう見るべきか
『アゴラ 言論プラットフォーム』より
2024年6月11日公開記事
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