『紫式部と戦国武将たちの京都』(光文社・知恵の森文庫)などの記載を元にした京都グルメシリーズ。今回は、「京のおばんざい」の話。
「おばんざい」というのは、京都人のふだんの食事のことです。担当することを「番」するといい、普段から料理をつくってる料理だとか、常備するという意味だとか、晩ご飯のおかずのことだとか諸説ある。
平成の後半あたりから、全国的に「京のおばんざい」がブームになった。もとはといえば、核家族化などで、おばあちゃんの味の伝承がうまくいかない、食べたくても働いている女性など面倒くさくてつくらない、といったなかでお総菜がお店で売られることが多くなったという全国的な事情があるし、京都のものは薄味で健康的だということもあろう。
最近は、そこそこ立派な店構えのレストランで、おばんざいを出している。町家を使ったものなど観光客で大流行で、東京の資本が経営しているのも多いらしい。純粋の京都人のお家に招かれたような気分になるのかもしれないが、実はおかしな話なのだ。
というのは、京の茶漬けのたとえにもあるように、京都人がお客さんに家庭料理を出すなどということはないのだ。もし出すなら、プロの料理でなくては恥ずかしい。
簡単には寿司とかウナギを出前でとるし、仕出し屋さんから運んでもらったり、家にきて作ってもらったりする。そこで出すのは、家庭の主婦ではできないような料理でなくてはならない。おばんざいのようなものを、たとえ実質は美味しくても出すわけにはいかない。いくらセンスがよいものでも、寝間着では人前に出られないのと同じである。
しかし、それでも、そういう家庭料理はわかりやすし、遠来の客が喜ぶのなら勝手にしゃあはったらよいのである。プロの板前の手を煩わす必要もないし、材料も安いものが多いから、レストラン側でもコストが安くてよい。
ともかく、おばんざいを特徴づける素材である、お揚げさん、おから、アラメ、じゃこ、なす、大根、少し洋風になるとマカロニや安物のハム・ソーセージの切れ端、中華風ならハルサメなどいずれをとっても安い。