イモリなどの有尾両生類は、失われたり傷ついたりした組織を元通りに再生できる能力を持ちます。
ただ一般に知られているのは、健全な手足が切断されると元の健全な手足が再生するというものでした。
しかし基礎生物学研究所(NIBB)と米カリフォルニア工科大学(Caltech)は今回、イベリアトゲイモリを用いた再生実験で驚くべき発見をします。
なんと生まれつき形成不全だった短い足を切断すると、本来持っていなかったはずの健康で完全な足が再生されたのです。
研究チームはこれを「超再生現象」と呼んでおり、将来的な人体の再生医療にも大いに役立つと期待しています。
研究の詳細は2024年3月6日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されました。
本来持っていなかったはずの「完全な足」が復活した!
イモリやサンショウウオに見られる再生能力は、医療従事者にとって魅力的な研究テーマです。
これらの有尾両生類は手足や尻尾、目、皮膚のみならず、体内の臓器や脳の一部まで再生できることが知られています。
この再生能力の秘密が解明できれば、ヒトの傷ついた組織を治療し、試験管内で人工器官を作り出すための重要なヒントが得られるはずです。
そのため、世界中で有尾両生類の研究が行われていますが、いまだ再生能力の多くは謎に包まれています。
そうした中で研究チームは、イベリアトゲイモリにおける「超再生現象」を新発見しました。
イベリアトゲイモリ(学名:Pleurodeles waltl)はヨーロッパ南西部に位置するイベリア半島を原産とする有尾両生類で、優れた再生能力の持ち主です。
手足が切断されても、その長さに関係なく、何事もなかったのように元通りの手足を復活させますし、心臓の一部も再生できることが知られています。
チームは今回、ゲノム編集技術を用いて、脊椎動物の器官発生に重要な「形態形成遺伝子」の一つを破壊したイベリアトゲイモリを作成しました。
形態形成とは、胚の発生段階において体の組織や器官を作り出すプロセスを指し、それに関わる遺伝子は形態形成に欠かせない大切な役割を果たします。
したがって形態形成遺伝子が破壊されると、生まれつきの形成不全や機能障害、疾患、腫瘍を起こす原因となります。
特に今回の実験でターゲットとしたのは「FGF10」という形態形成遺伝子です。
FGF10は、手足や肺の発生において必須の遺伝子であり、四肢を持つ脊椎動物においてFGF10が破壊されると、四肢や肺が正常に形成されなくなります。
こうして生まれたのが下図Aの後脚に形成不全を起こしたイベリアトゲイモリです。
ところが驚きはここからでした。
チームが形成不全の後脚を外科手術で切断した結果、機能的にも形態的にも正常な後肢が再生されたのです。
上図Bの左側が超再生で新たに生じた健全な足であり、右側は形成不全のままの足になります。
なんとイベリアトゲイモリはもともと持っていなかったはずの健康で完全な足を取り戻してしまったのです。
このプロセスは遺伝子発現レベルでも確認されました。
このことから研究チームは、イベリアトゲイモリが切除された組織や器官を再生させる「再生遺伝子プログラム」は、胚の発生段階において組織や器官を形成する「発生遺伝子プログラム」とは別のプロセスで組織を作っている可能性があると指摘しています。
そして、先天的な形成不全の組織を切除することで、健康で完全な状態の組織が再生されるこの現象を「超再生現象」と名付けました。
「超再生現象」の存在が明らかになったことで、有尾両生類の再生能力の研究はますます加速することが予想されます。
特にイベリアトゲイモリはゲノム情報も整備されつつあり、ゲノム編集効率が非常に高いので、イモリの再生能力に関わる遺伝子を個体レベルで迅速かつ簡便に解析することが可能です。
今後、この超再生現象の鍵となる「再生遺伝子プログラム」の詳細なメカニズムが解明されれば、人体の再生医療も大きく飛躍すると期待できるでしょう。
現在はまだ欠損した人体の再生など夢のまた夢ではありますが、将来的に欠損部位の再生が可能になった場合、形成不全などの生まれつきの障がいも同時に解決できる可能性がでてきたのです。
まだ先の展開はわかりませんが、これは非常に期待の持てる発見です。
参考文献
再生能力は形態形成不全をも回復させる 〜イモリが持つ「超再生力」〜
Mutant Newts Can Regenerate Previously Defective Limbs
元論文
Fgf10 mutant newts regenerate normal hindlimbs despite severe developmental defects
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。