泣いても痛みに対する耐性は変わらないが、呼吸の制御が上手くなる
実験の結果、涙を流したか流さなかったかで電流による痛みの感じ始めと我慢の限界だったときの電流の強さに違いはありませんでした。
また泣いた人は、泣かなかった人と比較して、ネガティブな気分が増していました。
この結果は、泣く行為がネガティブな感情を増すだけで、痛みに対する耐性が強くなるわけではないことを示唆しています。
では泣いた後に気分がスッキリしたり、落ち着く感覚は何によって生じているのでしょうか。
この疑問のヒントになるかもしれないのが、泣く行為とストレス反応の関係性を調べた、蘭ティブルブルフ大学のリア・シャーマン氏らの研究です。
彼らは前述したグラカニン氏とは違い、参加者が泣いた後に痛みではなくストレスを与え、その反応が泣かなかった人と比較してどう変わるのかを検討しています。
実験では女子大学生197名を①悲しい動画を見て涙を流した人と、②悲しい動画を見て涙を流さなかった人、②感情的な場面のない動画を見る人の2つのグループに分け、冷水(5℃)に非利き手の前腕を最大で3分間、我慢できるまでつけてもらいました。
実験中には参加者の心拍・呼吸活動をモニターし、また課題終了後に参加者の唾液のサンプルを採取し、唾液中のコルチゾール・レベルを測定しています。
実験の結果、泣いた人は泣かなかった人とでは冷水に我慢する時間とコルチゾールのレベルに違いはありませんでした。
ただし涙を流した人は呼吸を調節する能力が高くなったのか、呼吸のペースがゆっくりになっていたのです。
これらの結果から考えられるのは、泣くと気分が落ち着いたりするのは、ストレスや痛みに対する耐性が強くなるからではなく、呼吸がゆっくりとしたペースになったからではないかということです。
研究チームは「泣くことは身体的ストレスに対処する能力に意味があるほどの変化をもたらすと思えない。次にこれが私たちの主な発見だが、泣くことは呼吸と心拍数を遅くし、調節することで、私たちの身体を安定させ、穏やかに保つのに役に立つのではないかと考えられる。」と述べています。
泣く行為は前述したとおり、周りからの非難やネガティブな評価を受ける負の側面が存在することも事実で、周りの人がいる状況で「泣く」のはみっともないと幼いころから教育を受けます。
しかし泣くことはそのような負の側面だけでなく、呼吸を整え、悲しみや怒りから一早く回復する有効な手段なのかもしれません。
参考文献
Crying may help to regulate breathing — according to new research
Is a Good Cry Really Good for You?
Crying might help regulate breathing, new study finds
元論文
Using crying to cope: Physiological responses to stress following tears of sadness
Crying does not alleviate acute pain perception: Evidence from an experimental study
ライター
AK: 大阪府生まれ。大学院では実験心理学を専攻し、錯視の研究をしています。海外の心理学・脳科学の論文を読むのが好きで、本サイトでは心理学の記事を投稿していきます。趣味はプログラムを書くことで,最近は身の回りの作業を自動化してます。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。