筆者は3月16日の拙稿「無効化されつつある民主党による『司法の武器化』」の冒頭でこう書いた。
トランプとバイデンが予備選を順当に勝ち抜いて、党大会を待たずに共和民主両党の大統領候補として11月の投票に臨むことをほぼ確実にした。共に無人の野を行くようだった。とはいえ二人に死角がない訳ではない。トランプのそれは4つの訴訟であり、バイデンのそれは老いだ。
それは『フェデラリスト』紙が3月8日、「J6」特別委員会が「首都を守るためにトランプが進めた州兵1万人派遣の証拠を隠蔽した」ことを明らかにし、12日には下院司法委員会公聴会でハー特別検察官の「(バイデンを)起訴しても陪審が『善意の記憶力の悪い高齢者』を有罪にするかどうか疑問」とする報告書が議論され、13日にはジョージアのRICO訴訟でマカフィー判事が訴因41件のうち6件を棄却したタイミングだった。
それから4ヵ月が経ち、トランプが暗殺されかけるという衝撃的な事件が起きた翌日、ジャック・スミス特別検察官による「機密文書訴訟」がフロリダ地裁で棄却されるというニュースが飛び込んで来た。トランプが軽傷で済んだことと同様、トランプ共和党の復権を願う側にとってこの上ない吉報である。
そこで本稿では、本起訴棄却の背景と他のトランプ訴訟の「今と今後」について纏めてみた。
機密文書訴訟「機密文書訴訟」とは、トランプがホワイトハウスを去る際に持ち出した機密文書を、フロリダ州のマーアラゴ邸宅で不適切に取り扱い、かつ政府(国立公文書館)によるそれら文書の回収を妨害しようとしたとして40件の罪に問われていた事案である。トランプは23年6月に起訴されていた。
筆者は昨年1月の拙稿で、「大統領記録法」は正副大統領の全ての公式記録の管理と保存を大統領に義務付けていることや、トランプが「副大統領は文書を機密解除できない。・・大統領である私は機密指定を解除できる」と無罪を主張していること、即ち、機密文書の指定も解除も大統領固有の権限であることに触れた。
が、今回キャノン判事が下した判断は「大統領記録法」を横に置いて、そもそもスミス特別検察官が行使しているような検察権を有する連邦職員を任命する権限を、ガーランド司法長官に与える法律はないとするもの。つまり、米国憲法の任命条項は、下級職員に任命権を与えることの妥当性は議会が判断するとしている、というのである。
この判決は、最高裁が7月1日に大統領の免責に関する判断を下した際にクラレンス・トーマス判事が表明した以下の懸念を反映したものだ。キャノン判事はトーマス判事の意見を3回引用している。
司法長官が、法律で制定されていない特別検察官を設置することによって、その建付けに違反したのではないかという深刻な疑問がある。
There are serious questions whether the Attorney General has violated that structure by creating an office of the Special Counsel that has not been established by law.
キャノン判事は93頁の判決文で、「任命条項は三権分立から生じる重要な憲法上の制約であり」 「特別検察官の立場は、重要な立法権を事実上奪い、それを省庁の長に委譲するもので、その過程で三権分立に内在する構造的自由を脅かす」と書いている。
検察側は控訴する可能性が高い。裁判所はこれまでも政治的に微妙な捜査を扱うために司法省が特別検察官を任命する権限を支持してきた経緯がある。また、ハンター・バイデンの捜査でもワイス特別検察官が司法省によって任命され、連邦銃器法違反の罪で6月に有罪判決を受けている。