11月の米大統領選で共和党のトランプ前大統領が再選するシナリオに賭ける「トランプ・トレード」。特に注目されているのが為替相場の行方だという。米国第一主義を掲げるトランプ氏は前回の大統領在任時から輸出を増やすためにドル安を志向する発言を繰り返してきたが、その公約にはむしろドル高を招きそうな政策が少なくない。米国で政権が交代した場合、日本政府は円高・円安の双方のリスクに目配せする微妙なかじ取りを迫られそうだ。
◇円安・ドル高は「大惨事」
「米国にとって大惨事だ」。トランプ氏は4月、外国為替市場で34年ぶりの円安・ドル高水準となったことについて自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」にこう投稿し、米製造業が輸出で不利な立場に置かれていると不満をぶちまけた。7月に配信された米ブルームバーグ・ビジネスウィークのインタビューでは、冒頭で「円安や人民元安が著しい」と訴え、ドル安への転換を進める姿勢を鮮明にした。
だが、トランプ氏が大統領再選を目指して掲げた経済fr2.0」を見ると、移民制限策は労働者の減少、関税引き上げ策は輸入物価の上昇を招き、インフレを再燃させる要因になりかねない。ドル安を通じた輸出拡大を狙うトランプ氏の思惑とは逆に、むしろドル高に拍車が掛かってしまう可能性がある。
トランプ氏が公約に掲げる経済政策とドル安志向発言の矛盾が指摘される中、トランプ前政権時の元高官が再選に向けて検討しているのが「人為的なドル安誘導策」だとされる。米メディアによると、トランプ氏は前回在任時と同様、景気浮揚を狙って中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)に露骨な利下げ要求を繰り返しかねない。さらに、外国為替市場でドルを人為的に切り下げる大胆な政策構想も浮上しているという。
ドル安誘導策の導入を強く支持しているのが、トランプ前政権で米通商代表部(USTR)代表を務めたロバート・ライトハイザー氏。78歳のトランプ氏と同世代で、良好な関係を続けていることから、トランプ氏が大統領に返り咲けば再び政権入りする可能性が高い。米経済閣僚の要である財務長官候補の一人でもある。
ライトハイザー氏は1980年代のレーガン政権のUSTR次席代表で、日本にとっては鉄鋼輸出の自主規制を飲まされた因縁の相手だ。日本側が出した提案書類を折り曲げ、紙飛行機にして投げ返した逸話から「ミサイルマン」の異名も。自由貿易を敵視し、米貿易赤字を削減するためには関税発動をいとわない姿勢で知られる。
◇「プラザ合意」再現論も
歴史的な「プラザ合意」は不公正な貿易慣行に対処するための重要な交渉の先例となった―。ライトハイザー氏が2023年に刊行した著書「NO TRADE IS FREE」の一節だ。貿易赤字に苦しんでいたレーガン政権は1985年、日英仏と旧西ドイツを巻き込み、先進5カ国(G5)の協調介入でドル安誘導を実現した。
ライトハイザー氏はトランプ前政権時にもプラザ合意のようなドル安誘導策をたびたび提案したが、米ゴールドマン・サックス出身のムニューシン財務長官やコーン国家経済会議(NEC)委員長ら、ウォール街に近い高官の反対で頓挫したとされる。それでもトランプ氏復権に備えて持論をまとめた最新の著書で「ドル切り下げ論」を蒸し返し、基軸通貨ドルの影響力を武器として他国に貿易圧力をかける構えを見せた。
トランプ氏が財務長官候補に指名する可能性のある人物としてこれまで報じられたのは、米銀JPモルガン・チェースのダイモン最高経営責任者(CEO)、米資産運用会社ブラックロックのフィンクCEOなどウォール街出身者が目立つ。米メディアは、ライトハイザー氏以外が財務長官になれば「ドル切り下げ論は盛り上がりにくい」「人為的なドル安誘導は導入されない」と予想している。
財務長官などの閣僚ポストは連邦議会上院の承認が必要になるため、極端な政策を提唱している候補者の人事案には与党からも反対が出て、最終的には否決される可能性がある。一方、ホワイトハウスで政権全体の経済政策を指揮するNEC委員長など、議会承認が不要なポストもある。
「第2次トランプ政権」が発足した場合、なんらかの要職に再び重用される可能性が高いとされる人物は、ライトハイザー氏のほか、大統領補佐官を務めていたピーター・ナバロ氏ら対外強硬派が多い。米国第一主義を実現する手段としてドル安誘導に踏み切るとの臆測は消えず、日本政府は「貿易摩擦が通貨政策に及べば、世界の市場を大きく揺さぶりかねない」(政府関係者)と身構えている。(経済部・田中有美)
(記事提供元=時事通信社)
(2024/08/01-17:17)
提供元・Business Journal
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