国立競技場などの設計を担当したことで知られる隈研吾氏がデザインした、「那珂川町馬頭広重美術館」が開館から24年を迎え、老朽化のため大規模改修を行うことになったが、改修費用の一部をクラウドファンディングでまかなうという。建築の専門家は、そもそもデザインの段階から問題があると指摘する。
広重の肉筆画や版画をはじめとする美術品を中心に展示し、町の中核的文化施設とすることなどを目的として2000年に開館した、栃木県・那珂川町馬頭広重美術館。木材を多く使用し、周囲の自然に溶け込むデザインが好評を博し、県外からも多くの観光客が来訪するという。
町は来年、開館25年を迎えるのを前に大規模改修することにし、その改修費用およそ3億円のうち、ふるさと納税の仕組みを活用してクラウドファンディングで1000万円ほど集めたいという。
20年を超えれば、木材が劣化したりして改修が必要になることも仕方がないように思える。だが、地元住民たちからは美術館に対して疑問の声が多く上がる。それは、開館から数年後には木材の劣化が如実に表れていたからだという。
実際に現状の外観などを見ると、木材は痩せて隙間が広がり、ところどころで折れたり崩れ落ちたりしている。まるで防腐処理やニス塗装なども行っていない木材を雨ざらしにしたような傷み方だ。
この馬頭広重美術館を設計したのは、木材を使用して「和・日本」をイメージしたデザインで、世界的に有名な建築家の隈研吾氏。国立競技場など数多くの公共建築物もデザインし、国内でも知名度も高い。
馬頭広重美術館は、地元産の八溝杉(やみぞすぎ)を細く加工し、屋根や壁に格子状に並べ、斬新なデザインで当初は好評を博していた。だが、風雨にされされ、わずか数年で木は黒ずみ、劣化が目立つようになったという。
異例な材木の使い方
『非常識な建築業界 「どや建築」という病 』(光文社新書)などの著書がある一級建築士で建築エコノミスト・森山高至氏は、そもそも材木の使い方が悪いと指摘する。
――開館から24年を迎えたわけですが、通常、これくらいのスパンで大規模改修は行われるのでしょうか。
「行われないですね。大規模改修はもっと時間がたってから行うものです。そもそも那珂川町馬頭広重美術館では、使ってはいけない材料を、使ってはいけない場所に使っています。20年を超えたから朽ちてきた、ということではなく、完成から数年の時点でボロボロになっていたのを、ようやく今になって修繕することになったのです」(森山氏)
――「使ってはいけない材料を、使ってはいけない場所に使っている」というのは、具体的にどういうことでしょうか。
「木の種類によって、用途に向き・不向きがあります。たとえば、ヒノキのように油分を多く含む材質であれば、水に強いので風呂に使うこともできます。しかし、普通のスギの木で4cmくらいの材木、建設業界でバタ角といいますが、仮設の仕切りに使ったり、壁の中の造作材として使ったりする、補助的な材料を、美術館では屋根などの表面に使用しています。スギは繊維が柔らかい木なので、直接風雨にさらされると、痩せてきたり反ってきたりしやすい性質があり、通常は屋根の下などに使います」(同)
――通常と使わない場所で使うということで、防腐剤やニスなどを塗るといった処理はしていないのでしょうか。
「隈氏は処理をしていると語っているようですが、効果がはっきり確認されていない材料を使っていたようです。一時期、ホウ酸という化学物質を木に含ませる技術が使われており、それによってシロアリ防止効果や、難燃性が上がる、耐水性が上がるといわれていました。それは、例えば風呂場や脱衣所などの室内での防水性能が上がるという程度で、保護成分は水溶性なので、外装に使うと雨などで流れてしまい、効果が長持ちしないのです」(同)
――同美術館では外に使われている木が朽ちていることから、足場を組むなどの補修作業が困難との指摘もあります。
「それもあり、材料費だけではなく、作業のための準備など間接的な経費が大きくなると思われます」(同)
――設計された隈氏は、ほかにも国立競技場など公共建築物を設計されていますが、それらも同様に、比較的短期での大規模改修が必要になるのでしょうか。
「使っている材料にもよりますが、大規模改修が必要になるものもあると思います。日本では古くから寺社などで木材は使われており、なじみが深いものですが、それらは木の種類が違ったり、もっと太い木を使うなど条件がまったく異なるため、長持ちしています。
スイスに、木を並べて建築材として使用する建築デザイナーの巨匠で、ピーター・ズントーという方がいます。その方はスギなどではなく、風雨にも強い材料を使用しているうえ、スイスは日本ほど湿気が多くないのですが、隈氏はそのズントー氏のアイデアを真似しているのです」(同)
――スイスではできることも、条件が異なれば日本ではそのまま同じようにはできないということですね。
「細い角材を並べると簾のように見えてとてもきれいなのですが、長持ちはしません。以前にも隈氏が、あるお蕎麦屋さんの店舗に細い木材を並べるデザインを使用したことがあり、当初は話題になったのですが、数年でボロボロになりました」(同)
――最近はマンションや大型ビルなどに木材を取り入れる建築デザインが散見されますが、それらに見合った材木の種類や使い方があるわけですね。
「そうです。さらに最近では『アセチル化』(材木などにアセチル基を導入すること)という加工を施したアセチル化木材があるのですが、それはまったく傷みが生じません。京王線・高尾山口駅の駅舎を隈氏がデザインしていますが、そこではアセチル化木材をしているはずです。隈氏がまだ無名の頃は、大きな予算もつかず、目を引く斬新なデザインの建築物をつくることを優先していたため、安い材料を使用せざるを得なかったという背景があると思います」(同)
――馬頭広重美術館は、その頃の設計というわけですね。改修費用が3億円ほどかかるとみられていますが、設計当初から、それほど大きな費用がかかることは想定されていたのでしょうか。
「当然、していないと思います。その頃よりさまざまな費用が高騰していますし、当初は改修についてあまり考慮せずにつくっていたはずです」(同)
あまり予算をかけられないなか、斬新なデザインで耳目を集める美術館を建てた那珂川町は、改修に莫大な予算を要することになったわけだが、果たしてこれまでに建築費用の元を取ることはできたのだろうか。
なお、Business Journal編集部は、隈研吾建築都市設計事務所に、 ・この程度の腐食は想定内だったのか ・コストパフォーマンスが悪いとの指摘があるが、どう思うか ・国立競技場なども同様に20年を超えると大規模改修が必要になるのか という3点について問い合わせをしたが、「確認を進めましたが、取材は時間を取ることができないためお断りさせていただきます」との回答だった。
(文=Business Journal編集部、協力=森山高至/建築エコノミスト)
提供元・Business Journal
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