お客が店員に口頭で注文を伝え、会計も対面で行うことを重視してきた牛丼チェーン「吉野家」が、タッチパネル式の注文端末の導入を進めている。店員との対面でのやりとりをしなくて済むようになって便利だと評価も多い一方、「口頭での注文は数秒で済んだのに、端末だと1分くらいかかる」「端末の動作が遅くて途中でタイムアウトしてしまうことがある」などとマイナス評価の声も少なくない。なぜ吉野家はタッチパネル式端末の導入を進めているのか。また、総合的にみて効果をどう捉えるべきか。吉野家や業界関係者の見解を交えて追ってみたい。
吉野家は、店舗数ベースでは1位の「すき家」、3位の「松屋」に挟まれるかたちの国内牛丼チェーン2位で、店舗数は1242(9月現在)。主力メニューの「牛丼 並盛」(松屋は「牛めし」)の価格を比較してみると、吉野家は498円(税込/以下同)、松屋、すき家は430円となっており、大手牛丼チェーン3社のなかでは最も高い。
外食チェーンではタッチパネル式端末が普及するなか、すき家と松屋は積極的に導入。松屋は店舗の入口付近にタッチパネル式券売機を設置し、お客は席に着く前に注文と会計を済ませ、発券された券を持って席に着き、料理が出来上がると、受け取りカウンター上部にある画面上で食券に書かれた番号が出来上がりのステータスになり、客が自らカウンターに行き料理を受け取るという仕組みだ。松屋の公式アプリ「松屋モバイルオーダー」を使って来店前にスマホで注文と支払いを行い、表示されたQRコードを券売機にかざして食券を発行させることも可能。そして食べ終わった食器は返却コーナーに持っていくスタイルの店舗が多い。
すき家は、入口付近の券売機、または席に置かれたタブレットから注文をするが、店員に口頭で注文することも可能(来店前にスマホアプリから注文・支払いすることも可)。食事後は食器をテーブルに置いたまま退店するスタイルの店舗が多いとみられる。
そんな2社と趣が異なっていたのが吉野家だ。同社は公式サイト上でも
「お客様とのコミュニケーションが何より大切だからNO券売機!」
「吉野家は券売機を導入していません。これは『こんにちは』『ご注文はお決まりですか?』『ありがとうございました』といったやりとりを、お客様一人ひとりの顔を見ながら行いたいから」
と説明し、券売機とは距離を置いてきた。そのため世間では「吉野家=対面での注文・会計」というイメージが広がっているが、注文用のタッチパネル式端末を各席に配置する店舗を徐々に増やしてきた。また、お持ち帰り用の注文については店舗入り口付近に専用タッチパネル式端末を設置している店舗もある。その理由について、吉野家に聞いた。
「タブレットを設置している店舗は2024年10月末段階で、約350店舗です(※ご参考:吉野家店舗数 2024年9月末時点 1242店舗)。吉野家は時代の変化、お客様のライフスタイルの多様性をふまえて、より幅広いお客様に多様なシーンでご利用いただくために、店舗フォーマットや商品バラエティ、決済手段などをアップデートしてきました。その一環で、注文方法においてもタブレットを2019年1月以降導入しています。他、テイクアウトスマホオーダーという注文方法もあります。
特徴的なのは2022年4月以降展開しているテイクアウト・デリバリー専門店です。コロナ禍以降、定着したテイクアウト需要を取り込むため、また、テイクアウトで利用しやすい環境を創出するためのこの新フォーマットの店舗では、店舗にお越しになる前にテイクアウトスマホオーダー、もしくは、店舗にお越しになってから基本はタブレットで商品を注文する仕組みとなっています」
お客側も受け入れるべきという社会的な合意
実際に利用したIT企業SEはいう。
「UI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザーエクスペリエンス)的には特に目立った難点などはなく、そつなくつくられているという印象です。ただ、吉野家では口頭の注文で『牛丼・並・つゆだく』と告げるのに1秒で済んでいたものが、サイドメニューを追加したりすれば1分以上かかることも出てくるでしょうし、通信を使っている以上、どうしても時間帯や環境によっては動作遅延が発生してしまうことがあります。それに不満を持つお客というのは一定程度いるでしょうが、タッチパネルの利用というのは外食業界では避けられない動きなので、それによって例えば一部の高齢客などの来店機会を失ってしまっても、仕方ないといえます。
タッチパネル端末を導入するということは、要は店員がお客の注文を聞いてそれをシステムに入力するという手間をお客にやらせることであり、人件費削減のための施策の一種です。現在ではこれだけ人件費・物価上昇と人手不足が深刻になっており、タッチパネル端末の導入は低価格での商品提供というかたちで結果的にはお客のメリットにつながるものです。なのでお客側も受け入れるべきという社会的な合意が形成されつつあるのではないでしょうか。
もっとも、吉野家の端末に関してあえて難点をあげるとすれば、すき家と松屋の発券機は注文時に会計まで済ませることができるのに対し、吉野家の方式だとお会計は改めてレジで店員との対面でやらなければならないという点で、人件費削減や店員の負荷削減、店舗オペレーションの効率化という面では効果がやや中途半端になってしまう懸念があります。店の混雑解消という面でも効果が限定的になってしまいます。タッチパネル式端末で会計まで済ませるというのは現実的には困難であり、またファミレスなど他の業態では端末で注文して退店時に改めて会計を行うというのは一般的ですが、ファストフードという牛丼チェーンの特性を踏まえると、せっかくコストをかけてシステムを導入するのであれば、注文も会計も一度で済む方式のほうが望ましいと感じます」