高い稼働率と人材・人員不足
年間乗客数40万人を達成するためには、単純計算で年100回のクルーズを行う必要がある。
最短クルーズ期間の2泊3日なら年間300日――最長の4泊5日だと500日――と、稼働率は相当高くなる。この稼働率を維持するための人員確保はかなり難しい。
現在、世界的な船員不足が続いているからだ。
先に、クルーズ旅客数は19年比で6.8%増と述べた。この需要増加が、船員不足を引き起こしている。20年のパンデミックで失職した船員たちはすでに陸の仕事に就いている。旅客は戻ってきたが、船員は戻ってきていないのだ。
日本国内の事情もある。高齢化した船員が退職する一方、新船員の定着率は7割と低い。3割は1年程度で辞めてしまうという。慢性的な人手不足の中、安全な航行に必要な船員をどのようにして確保するかが課題となる。
船員以外の人材にも不安がある。
オリエンタルランド代表取締役会長の高野氏は、クルーズ発表会見で以下のように述べた。
「まるでひとつのクルーズ船の中にパーク全体を抱え込んだかのような、乗船したゲストだけの特別な滞在体験を提供いたします」 「ディズニークルーズ」就航へ キャラクターとの体験も|TBS NEWS DIG
パークと同様のクオリティを維持するためには、現在パークで働いているダンサーやキャラクターたちの「掛け持ち」が必要となる。彼ら・彼女らの大半は、アルバイト(準社員)だ。
ディズニーは、社員総数25,995人のうちアルバイトが19,226人と「7割超」を占める非正規雇用者依存企業である(※1)。にもかかわらず、待遇は決して良くはない。
ディズニーが求めるクオリティ昨今のアルバイト時給は高騰している。例えば、イオンが展開する小型スーパー「まいばすけっと」の都心店舗の時給は1,350~1,720円だ。
対して、ディズニーの時給は、24年4月に1,210円(最低額)になったばかり。改定前は1,140円。東京都の最低賃金1,113円(2023年10月以降)と大差なかったのだ。ショーやパレードに出演する「キャラクター」は1,450円、「ダンサー」も1,750円にとどまる(※2 入社時時給)。
一方、求められるクオリティは極めて高い。
「高い柔軟性とコントロール力、手先・足先まで意識の行き届いた洗練された動き、振付を正確に踊る力」 (東京ディズニーリゾート エンターテイナーオーディション・ダンサー「ジャズ・バレエ」より)
身だしなみのルールも厳しい。髪で顔が隠れないこと。ひげを伸ばさないこと。つめは指先から3mmを超えないこと等々。「ディズニールック」と呼ばれる身だしなみ基準を遵守することが求められる。クルーズ勤務は、最長で24時間×5日間の「住み込み」となる。ストレスは相当なものだ。
新クルーズ船では1,500人の乗務員が必要とされる。練度の高い船員や、掛け持ちや住み込みに耐えられる「タフ」なダンサー・キャラクター・キャストたちを確保できるか。
メディアで「美談」として取り上げられることが多いディズニーの人材戦略。今回のクルーズ事業参入では、その真価が問われることになるだろう。
【注釈】
※1株式会社オリエンタルランド|従業員に関する主なデータより ※2 執筆時時給 現在募集は行っていない
【参考】
2024 State of the Cruise Industry Report 内航・外航船員の確保・育成 国土交通省 従業員の賃金改定について 株式会社オリエンタルランド 2024年2月9日 キャラクター|東京ディズニーリゾート エンターテイナーオーディション オリエンタルランドの株価失速 クルーズに期待と気迷い|日本経済新聞 クルーズを取り巻く状況 令和6年5月20日 国土交通省 『基礎から学ぶクルーズビジネス』 池田良穂/著 海文堂出版 他