学習院が最後に男子皇族を受け入れたのは、秋篠宮皇嗣殿下の時、つまり40年ほど前のことであって、当時のノウハウなどは残っていない。将来の天皇の安全を確保すべき警備は、今上陛下の時が最後だ。愛子さまの場合は立場も違うし、登校されても不特定多数の学生と交流された機会は一度もなかったので参考にできない。
一方、お茶の水女子大附属や筑波大学附属を所管する大塚署は、悠仁さまが幼稚園の時から一貫して警護を担当しており、警備の面でも学習院に優位性はない。
「学習院なら適切なご学友が得られる」との声もあるが、現在の学習院に旧華族社会の優秀な子弟がいるともいえない。また、以前は、大学は学習院以外に進むにしても、いったんは学習院に入る人が多かった。近衛文麿や細川護熙もそうだし、華族でなくても吉田茂、鳩山由紀夫・邦夫兄弟や官僚でも多かった。しかし、いまや学習院高等科から東京大学に進学する学生などいないし、大学ではおそらく悠仁さまの同等の学力の学生などいないのではないか。