バイク業界は何年かに1回の周期でブームが起こります。1980年代中ごろには、レーサーレプリカブーム、90年代に入るとネイキッドブームが勃発。本来はダートバイクであるホンダ・TFRやヤマハ・TWが、街乗りバイクとしてもてはやされた時代もありました。2000年初頭の「ビッグスクーターブーム」で登場し、個性的なスタイルで関係者を驚愕させたホンダの珍車「PS250」を紹介します。

ビッグスクーターの歴史はホンダから始まった

日本で最初に作られたビッグスクーターは、1986年にホンダから発売された「フュージョン」が最初と言っていいでしょう。1625 mmの長いホイールベースで、タンデムランを楽にこなす快適なシートは、シート高665 mmと足付きもよく、変速機に無段変速(Vマチック)が採用されるなど、クルマのように快適なバイクでした。

発売当時はレーサーレプリカブーム真っ盛り。猫背になって峠道をかっとぶ小僧たちに、フュージョンのよさが理解できるはずもなく、ユーザーの多くは中高年でした。夫婦でタンデムするのがお似合いで、「二人でゆったり”新感覚軽二輪スクーター」のキャッチコピーがつけられていました。

次世代を担う「フォーサイト」にバトンタッチ

フュージョンは、1997年に後継車種のフォーサイトにバトンタッチして国内の販売を終了しました。それから数年後、どういうわけかビッグスクーターブームが到来。若者たちが「オヤジ臭い」と罵っていたバイクを乗り回す時代がやってきました。

ヤマハがブームの火付け役

新たなブームの鉱脈を発見したのはヤマハです。1995年8月に発売された「マジェスティ250」は、翌年に国内市場で年間約1万台を売り上げるトップ・セラーになりました。

ビックスクーターの元祖であるホンダは「フォーサイト」で対抗するも、まったく歯が立たず。2000年に「フォルツァ」を投入し、猛攻撃を仕掛けました。追われる立場のヤマハは、2001年に「T-MAX」を発売。500ccの2気筒エンジンを搭載し、スクーターにスポーツ性を与えました。

スズキも負けじと、2002年に「スカイウェイブ650」を投入。唯一スクーターを製造していなかったカワサキまで、スズキからOEMを受けて「エプシロン(中身はスカイウェーブ)を発売するお祭り騒ぎになりました。ハッキリ言って、どれもこれも同じ。まったく見分けがつきません!