実は人間がガムを噛む習慣を持ったのは1万年以上も前からだとわかっています。

現代においては吐き捨てたガムは路上に張り付く困った存在ですが、この噛んだ後も長く残存する性質が考古学の研究では貴重な資料になる場合があります。

トルコ・メルシン大学(Mersin University)らの新たな研究は、スウェーデンの遺跡で見つかった約1万年前の古代人が噛んでいたガムの調査から当時の10代の少年少女が虫歯や歯周病に悩まされていた証拠を発見しました。

加えて、彼らが食べていたものや歯を使って動物の毛皮をなめしていたことも明らかになったといいます。

古代のガムとはどんなものだったのでしょう? なぜそこから色々なことがわかるのでしょうか?

研究の詳細は2024年1月18日付で科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されました。

虫歯や歯周病に苦しんでいた証拠を発見

本研究の舞台となるのは、スウェーデン南部の港湾都市・イェーテボリにあるハズビー・クレフ(Huseby Klev)遺跡です。

この遺跡は1990年代に発掘され、これまでに約1850個の火打石断片と115個のガムが出土しています。

当時のガムはカバノキから得られた樹脂をかためて作られたものです。

その目的は今日のガムと同じようにクチャクチャ噛んで食感を楽しむ娯楽目的から、カバノキの薬効成分をもとにした医療目的、それから樹脂ガムを噛んで柔らかくし、石器を作るときの接着剤にしていたことが分かっています。

研究チームは今回の調査対象として歯形がよく残されている3つのガム遺物を選びました。

中央がガム遺物、左右の2つは型を取ったもの。左は上顎の歯、右は下顎の歯の痕跡に当たる
中央がガム遺物、左右の2つは型を取ったもの。左は上顎の歯、右は下顎の歯の痕跡に当たる / Credit: Stockholm University – Ancient chewing gum reveals stone age diet(2024)

年代測定の結果、これら3つのガムは約9540〜9890年前のものであることが特定され、また歯のサイズや歯形の摩耗痕跡などから、ガムを噛んでいたのは12〜14歳の少年少女であると推定されています。

さらにチームは少年少女の口腔内の健康状態を明らかにするため、ガムから採取された微生物のDNA痕跡を分析し、それを現代人の口腔内に見られる微生物と比較。

同時にどんな微生物種、植物種、動物種のDNAが含まれているかをプロファイリングしました。

その結果、一般に虫歯の原因菌とされる「ソブリヌス菌(Streptococcus sobrinus)」や「パラスカルドビア・デンティコレンス(Parascardovia denticolens)」、そして歯周病と関連づけられる「トレポネーマ・デンティコラ(Treponema denticola)」「口腔連鎖球菌(Streptococcus anginosus)」「スラッキア・エキシグア(Slackia exigua)」などが確認されたのです。

チームはガムに見られる細菌の存在量がかなり多いことから、機械学習モデルを用いて、少年少女が属していた狩猟採集グループの70~80%の人々が歯周病に罹患していた可能性があると推定しました。

当時の人々にとって口腔内の問題はなかなか深刻だったと見られます。

何でも歯で噛んでしまうことが原因?

その一方で、当時の人々はかなり多様な食材を口にしていたことも判明しました。

例えば、ヘーゼルナッツやリンゴ、ヤドリギなどの植物から、マガモ、キンクロハジロ、ヨーロッパコマドリなどの鳥類ブラウントラウトやセイヨウカサガイといった魚介類のDNAが見つかっています。

またガムから採取されたDNAの中には、シカやアカギツネ、ハイイロオオカミなど哺乳類の痕跡もありました。

その一部は食肉として消費されたと考えられますが、キツネやオオカミに関しては、その毛皮をのちに繊維品として利用するために、歯でガジガジ噛んでなめしていた可能性があると指摘されています。

カバノキのガムを噛み、ヘラジカの骨と石器をつなぎ合わせる接着剤に使ったイメージ図
カバノキのガムを噛み、ヘラジカの骨と石器をつなぎ合わせる接着剤に使ったイメージ図 / Credit: Natalija Kashuba et al., Communications Biology(2019)

本研究の成果は、約1万年前の中石器時代におけるスカンディナヴィアの人々が予期されていた以上に、口腔内が不健康だったことを浮き彫りにするものです。

このように高度な文明が発達する以前の狩猟採集社会では、食材を切ったり、引き裂いたり、加工するための便利な道具に乏しく、歯を用いる機会が非常に多かったと予想できます。

当時の人々は歯を色々な用途に使っていたせいで、虫歯や歯周病の原因となるような細菌と接触するリスクが増大しやすかったのだろうと研究者らは指摘しました。

1万年前のティーンエイジャーは食後に口内をスッキリさせたり、歯をできるだけ健康に保つために、カバノキ樹脂のチューイングガムを噛んでいたのかもしれません。

参考文献

Ancient chewing gum reveals stone age diet

10,000-Year-Old Chewing Gum Reveals Stone Age Teenagers’ Diet

DNA from Stone Age chewing gum sheds light on diet, disease in Scandinavia’s ancient hunter-gatherers

元論文

Metagenomic analysis of Mesolithic chewed pitch reveals poor oral health among stone age individuals

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。