お湯の泉質によって腸内細菌に与える影響が変わるようです。

日本の温泉には10種類の泉質があり、それぞれに体への効能が異なります。

人々はその効能に合わせて、病気の治療や保養のために温泉を利用してきましたが、一方で、お湯の泉質が健康な人にどんな影響を与えるかについてはあまりよく分かっていません。

そんな中、九州大学の研究により、温泉入浴が健康な人の腸内細菌叢を変化させ、泉質ごとに異なる腸内細菌を増加させることが初めて明らかになりました。

例えば、炭酸水素塩泉に入るとビフィズス菌が有意に増加したとのことです。

研究の詳細は2024年1月28日付で科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されています。

温泉は腸内細菌に影響するか?

温泉の泉質と腸内細菌との相互作用とは?
温泉の泉質と腸内細菌との相互作用とは? / Credit: canva

温泉大国である日本には全国どこにでも温泉がありますが、その泉質は含まれる化学物質の種類や濃度によって以下の10種類に分けられます。

単純泉、塩化物泉、炭酸水素塩泉、硫黄塩泉、二酸化炭素泉、含鉄泉、酸性泉、含よう素泉、硫黄泉、放射能泉。

(それぞれの泉質の特徴や温泉地はこちらから)

これらの泉質が体のケガや持病に異なる効能を持つことは知られていますが、一方で、健康な人の体にどんな影響があるのかはよく知られていません。

そこで研究チームは、心身の健康と密接に関わっている「腸内細菌叢」に焦点を当てて調査を行いました。

泉質ごとに異なる腸内細菌が増加!

調査地には、2000以上の温泉源を有し、日本で最も多様な温泉がある別府温泉地(大分県)を選びました。

この調査は2021年6月から2022年7月にかけて実施され、九州在住の136名(男性80名、女性56名)の健康な成人を対象にしています。

参加者の年齢は18歳から65歳までで、何らかの慢性病を患っている人は除外しました。

実験では、それぞれの参加者に別府温泉の5つの異なる泉質(単純泉、塩化物泉、炭酸水素塩泉、硫黄泉、硫黄塩泉)に7日間連続して入浴してもらいます。

入浴時間は毎日20分以上とし、期間中、参加者はいつも通りの食生活を維持するよう求められました。

検証を行った温泉の一つ、株式会社みょうばん・湯の里
検証を行った温泉の一つ、株式会社みょうばん・湯の里 / Credit: 九州大学 – 温泉⼊浴が腸内細菌叢に与える影響を実証(2024)

これと並行して、7日間の入浴前後の便サンプルを採集し、そこに含まれる細菌種の増減を調べることで腸内細菌叢の変化率を測定しています。

その結果、泉質によって腸内細菌の種類ごとの占有率に有意な変化が出ていることが分かったのです。

最も変化率が大きかったのは、炭酸水素塩泉におけるビフィズス菌の一種(学名:Bifidobacterium bifidum)でした。

炭酸水素塩泉に入浴した後の参加者では、ビフィズス菌の量が大幅に増加していたのです。

ビフィズス菌は便秘を解消したり、下痢を抑えて腸の動きを整える作用があるため、「最近、お腹の調子が悪い」という方は炭酸水素塩泉に入るといいかもしれません。

この他にも、単純泉や硫黄泉の入浴後に、特定の腸内細菌が有意に増加していることも確認されました。

しかし、単純な重炭酸泉と硫黄泉に入浴すると、健康にプラスとマイナスの両方の影響を与える細菌も増加しました。さらに、腸内微生物叢の増加は温泉の種類によってほとんど異なりました。

泉質ごとに変化した腸内細菌の比較(青:入浴前、赤:入浴後)
泉質ごとに変化した腸内細菌の比較(青:入浴前、赤:入浴後) / Credit: 九州大学 – 温泉⼊浴が腸内細菌叢に与える影響を実証(2024)

そのため単純に身体に良い菌だけが増えるわけではないようです。

なぜ温泉に浸かるだけで、泉質の違いによって特定の腸内細菌をピンポイントで増加させられるのかについては、まだ調査が必要ですが、研究者は皮膚表面や粘膜から吸収される温泉成分、また温泉の温度が体内の腸内細菌叢へ与える影響が大きいと考えているようです。

また温泉地の気候や環境による、精神的な作用も関連する可能性が考えられます。

腸内細菌叢が人間の健康に与える影響は思いの外、広範に及ぶことが近年のさまざまな研究から明らかになっています。

それは認知症やうつ病などの発症にまで影響している可能性があります。

そのため温泉はこれまで打ち身や皮膚炎、腰痛、関節リウマチから高血圧、心血管疾患の緩和に効能があるものとして親しまれてきましたが、本研究の成果から、腸内細菌叢にアプローチした新しい温泉の医療的利用の可能性が開かれると期待されます。

その一方で、研究者は「温泉による腸内細菌叢や健康への影響についてはまだ十分に解明されていないため、今後の研究と慎重な議論が必要だ」とも指摘。

続けて「温泉入浴による効果がどの程度持続するのか、また、他の身体的効果についても研究していくことが重要です」と述べています。

腸内細菌叢は心と体の両方を健康に保つ上で非常に重要な場所です。

今後、どんな泉質でどの腸内細菌が増加し、またそれによってどんな健康効果が得られるのかを明らかにすることで、新たな温泉療法が確立できるかもしれません。

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参考文献

温泉⼊浴が腸内細菌叢に与える影響を実証

元論文

Effects of bathing in different hot spring types on Japanese gut microbiota

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。