冬眠する動物たちのほとんどは雪の冷たさを避けるために、土の中や岩の隙間、樹洞(じゅどう)を寝ぐらとしています。
しかし日本には、雪の中でボールのように丸まって冬眠する愛らしいコウモリがいることをご存知でしょうか?
その名前を「コテングコウモリ(学名:Murina ussuriensis)」といい、角砂糖2つ分くらいの重さしかない小さな種です。
実は雪の中に直接寝ぐらを作る動物はホッキョクグマを除くと、彼らが唯一であることが分かっています。
一体、どんな冬眠をしているのでしょうか?
この研究は森林総合研究所により、2018年8月13日付で科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されたものです。
コテングコウモリはどうやって冬を乗り越えるのか?
コウモリは現在、1300種以上が熱帯〜亜熱帯に分布していますが、寒冷地に生息する種もおり、その一部は冬になると暖かい地域へ渡っています。
一方で、その他の多くは冬をどこで過ごしているのかがよく分かっていません。
そんな中で見つかったのが雪の中に丸まって冬眠するコテングコウモリの奇妙な習性でした。
コテングコウモリは体重4〜8グラムの小さな森林性コウモリで、日本全国からシベリア東部、朝鮮半島に分布しています。
ところが、その冬眠の実態を明らかにするのは容易な道のりではありませんでした。
森林総合研究所(FFPRI)の平川 浩文(ひらかわ・ひろふみ)氏と共同研究者の長坂 有(ながさか・ゆう)氏のもとに、雪の中で眠るコテングコウモリの事例が初めて報告されたのは2005年のことです。
強い興味を抱いた両氏は、過去に全国で報告された同様の事例を調べた末、22例の記録を確認。
さらに自分たちの目でも観察しようと試みましたが、雪の中に眠る小さなコテングコウモリはそう簡単に見つからず、結局2人がこの現象を目撃したのは2013年になってからでした。
それ以来、両氏はコテングコウモリの冬眠プロセスを明らかにする本格的な調査を開始します。
コテングコウモリの冬眠の実態
両氏は調査にあたり、北海道・札幌市近郊で156日間(300時間以上)の探索を敢行し、計37例のコテングコウモリの冬眠を発見しました。
この37例と先の全国で確認された22例の記録を合わせて、データ分析を行っています。
その結果、コテングコウモリは秋から冬にかけて寒くなると、棲家としている樹洞から雪の中に降りて数センチほどの穴を掘り、その上に雪が積もっていくと冬眠を開始することが分かりました。
雪中では体の動きと体温により、ちょうどコウモリ1匹分が収まるくらいの空洞ができ、そこを寝ぐらとしています。
また冬眠の最中は必ず、頭をお腹の方へと丸めた姿勢を取っていました。
こうなるとパッと見は、ふわふわの茶色いボールにしか見えません。
しかし雪の中で冬眠するとかなり危険な低温にさらされます。
冬眠中のコテングコウモリの体温は氷点下に近い温度まで下がり、呼吸や心拍もほぼ停止した状態でした。
一方で、この仮死状態を保つことにより、最小限のエネルギーで生き続けることができます。
また平川氏によると、常に冷たい風にさらされる樹洞とは違い、雪の中は環境が安定しており、意外に断熱効果も高いという。
加えて、ほとんどの動物は雪を避けたがるので、天敵に見つかるリスクも低く、雪中はかなり安全な場所と言えます。
さらに雪中は水の資源が豊富にあることもメリットです。
実は冬眠をする動物たち(クマ以外)は、冬眠に入るとずっと寝っぱなしではなく、数日から数週間ごとに起きて食事や水分補給をする必要があります。
そのため、動物たちは寝ぐらから出て、水場を探しに行かなければなりません。
対照的にコテングコウモリの場合は、雪の中がすべて水でできているので、寝ぐらの外に出なくても、舌でぺろっと壁を舐めるだけでいいのです。
そして気候が次第に暖かくなり、積雪が溶け始めると、上の写真のように丸まった状態のコテングコウモリが地上に姿を現します。
冬眠の期間はこの積雪が溶けるまでの時間に左右されるため、数日しか続かないこともあれば、長いと半年以上も続くケースがあるという。
地上に現れたコテングコウモリは、日中はそのままジッとしていて、日没後に急激に体温を高めてその場を飛び去ります。
平川氏らによると、このように雪の中に寝ぐらを作って冬眠する生物は、ホッキョクグマ以外で唯一だといいます。
厳密にいうと、冬眠するホッキョクグマは妊娠中のメスだけなので、オスメス共に雪の中で越冬するのはコテングコウモリだけと言えるかもしれません。
もし雪の上で丸まっているコテングコウモリを見つけたら、起こさないようそっとしておいてあげましょう。
参考文献
This Peculiar Mammal Hibernates In A Self-Made Icy Bat Cave
雪中で冬眠するコウモリを日本で確認 ―ホッキョクグマ以外でははじめて―(2018)
元論文
Evidence for Ussurian tube-nosed bats (Murina ussuriensis) hibernating in snow(2018)
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。