アメリカでは、就業を通じて民間の保険に加入していることが多いが、民間の保険にも多くの種類があり、ひとつの病院でなされる医療でも、全部を同じ保険がカバーしているとは限らない。
手術を受けたら、執刀した外科医に関しては、患者が入っている保険でカバーできるが、麻酔をかけた麻酔科医に関してはそうではない、といったケースがあり、その場合、麻酔費用は自費で払わなければならない。手術や検査の価格設定も、病院によって異なり、数倍もの開きがある場合がある。
このような複雑な制度により、患者は事前にいくらかかるのか知ることができず、不意打ちで高額請求をされて、支払い能力がなく、給与の差し押さえまでされてしまうケースが少なくない。
アメリカは、先進国で殆ど唯一「皆保険」制度がないといわれる国だが、以前から疑問の声があがっている。2016年の大統領選で民主党の予備選挙に立候補したバーニー・サンダースが、「Medicare for all」(国民皆保険制度)に関する法案を提出したことは有名だが、現在、医療保険制度に疑問を呈しているのは「社会主義者」といわれる人々だけではない。
Health Journalism 2024でも、アメリカの保健医療の問題は複数のセッションで議論されたが、筆者の関心をひいたのはマサチューセッツ工科大学経済学部のエイミー・フィンケルシュタイン教授だ。
彼女は保健医療や公共政策に関する研究で有名だが、彼女は、「We’ve got You Covered」という本で、国民皆保険制度を提唱している。具体的には、自動加入の基本的医療保険で全国民をカバーし、それ以上は個人がアップグレードを購入するというものだ。
彼女は、この書籍の前書きに、ミルトン・フリードマンの「政治的に不可能なことが、政治的に必然になるまで」という言葉を援用し、最良のアイデアを開発し、大衆の想像力の中で成熟させることが公共政策における経済学者の役割だと書いた。