「障害がある愛ほど燃え上がる」の正体とは?
愛は障害で燃え上がるのか?
この疑問を確かめるため研究者たちは、離れ離れにしたカップルを再開させるときに、物理的な柵で遮ったり、レバーを押さないと透明なドアが開かないような仕組みを構築しました。
人間にとっては何気ない障害ですが、マウスが突破するには繰り返しの学習を必要とする、かなり困難な課題です。
しかし障害の向こうに愛する相手がいることに気付くと、プレーリーハタネズミたちは必至で柵を乗り越え、レバーを押すようになりました。
またこのときの脳内のドーパミンを調べると、障害を乗り越えようとしているときにも大量のドーパミンが放出されていることが判明します。
「頑張れば会えるかもしれない」という期待がドーパミンによって煽られ、プレーリーハタネズミたちは障害克服に挑むことに快楽(ある種のやりがい)を感じていたのです。
そして苦難を乗り越えて再開を果たすと、再び大量のドーパミンの放出が確認されました。
一方、見知らぬ相手に対してはそのような現象はみられませんでした。
この結果は、物語の文脈にも一致します。
多くの文化において「悪いドラゴンに攫われたお姫様を助けるナイト」のように、障害を克服して愛する人の元に向かう物語が語られています。
この文脈の物語が人気である背景には、ドーパミンの放出を促す仕組みが刺激されるからなのかもしれません。
しかし物語と違って現実の愛には残酷な側面も存在します。
ハッピーエンドのその後、つまり愛の終わりです。
愛を永遠にしないのは「脳の防衛機能」
物語と現実の一番の違いは、愛が永続しないことです。
脳内で愛が終わり、恋人が恋人でなくなるとき、脳ではどのような反応が起こるのでしょうか?
その答えは数多くの体験談にヒントがありました。
恋人でも配偶者でも推し活でも、長期間の離別はときに致命的となります。
遠距離恋愛や単身赴任、さらには忙しくてしばらく推しの情報と遮断されていた場合、感じていた愛情や執着が嘘のように消えてしまうことがあるからです。
もちろん変わらぬ愛情と情熱を保ち続けるケースもありますが、離別の期間が10年、20年と長くなれば、愛喪失の危険性は飛躍的に増化していきます。
そこで研究者たちはカップルとなっているプレーリーハタネズミを、彼らにとって十分長い期間となる4週間引き離しました。
プレーリーハタネズミはわずか1カ月で大人になり、野生環境での平均寿命は3カ月ほどしかありません。
そのためプレーリーハタネズミにとっての4週間(人間で言えば少なくとも10年以上)は、相手を諦めるのに十分な時間となり得ます。
すると4週間後にカップルが再開した場合には、脳からドーパミンが放出されなくなっていることが示されました。
一方、全く見知らぬ相手と比べると身を寄せ合う時間が長かったことから、相手のことを覚えているのは確かと判断されました。
この結果は、長期間の別れがプレーリーハタネズミから一夫一妻的な愛情だけを消し去ってしまったことを示しています。
研究者たちはこの「愛の喪失」を、ある種の脳のリセット機能のようなものだと述べています。
いつまでも同じ相手に一夫一妻的な愛情を感じていたのでは、新たなパートナーとの新生活を始めることができず、子孫も残せません。
(※私たち人間もかつては厳しい自然環境で、愛している相手と望まぬ別れを頻繁に強いられてきました)
愛を永遠にしない仕組みは悲しみと喪失感を乗り越える脳の防衛機能でもあるようです。
また失った愛について長期に渡り嘆く悲嘆障害では、脳のリセット機能に支障が出ている可能性があると述べています。
もし脳に働きかけることで愛の状態を操作できる薬があれば、薬を飲むことで戦地にいる配偶者への愛を維持したり、悲嘆障害に悩む多くの人々の心を癒す手段になるかもしれません。
参考文献
Science confirms it: Love leaves a mark on your brain
元論文
Nucleus accumbens dopamine release reflects the selective nature of pair bonds
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。