ホームズの「神の善意」という表現に戻る。神が人間を自身の似姿に創造したということは、神と人間は親子関係ということになる。親は自分の子供を最高の環境で成長させたいと考えるだろう。だから神はバラ一つにも最高の美を備えた存在に創造したはずだ。だから、ホームズは「この花から希望を見出すことができる」と受け取ったのだろう。事実と論理に基づいて事件を解明するホームズは一流の神学者でもあるわけだ。
ところで、19世紀末に活躍した名探偵ホームズの信仰告白から神について云々したとしても、21世紀に生きる私たちの心に響くだろうか、という一抹の懸念が出てくる。ウクライナではロシア軍との戦争が続き、多数の兵士、民間人が犠牲となっている。パレスチナではイスラエル軍とテロ組織「ハマス」との戦闘が続いている。中国武漢から発生した新型コロナウイルスの大感染で数百万人が死去した。そのような時代に、「神の善意」といえば反発されるだけかもしれない。「神の善意」ではなく、「われわれが苦しんでいる時、あなたはどこにいたのか」「なぜ、親なら子供を苦痛から救わないのか」といった不満の声のほうが現実的なテーマではないか、といった声だ。600万人の同胞をナチス・ドイツ軍によって虐殺されたユダヤ民族ではアウシュヴィッツ以後、神を見失ったユダヤ教徒が少なくなかったといわれている(「アウシュヴィッツ以後の『神』」2016年7月20日参考)。
バラの花から「神の善意」をくみ取り、希望を感じるより、戦争や疫病から「神の沈黙」「神の不在」を感じ、憤りが飛び出す時代に生きている。神を見失ったとしても不思議ではないかもしれない。にもかかわらず、というべきか、それゆえに「神の善意」を感じる心を失いたくないものだ。これこそ19世紀末の名探偵ホームズの21世紀の私たちへの熱いメッセージではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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